ハルヒと親父 @ wiki

ハルキョン家を探す その1

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haruhioyaji

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 駅前の不動産屋の前で、掲示されている物件情報を親の敵のように睨みつけている奴に出会った。

 誰であろう、涼宮ハルヒである。

 ハルヒは自分の行為によほど集中していたのか、俺が声をかけられるほど近づいても、まるでこちらに気付かないでいた。
 やれやれ、今度は何を考えついたんだ? 大方、SOS団の駅前屯所を作るのよ!これから地の利ってのがものをいうんだからね、といったようなことだろう。

 悪の芽は早めに摘むに限るな。といっても大げさなものじゃない、ちょっとばかり小言を言うだけさ。だいたい、こいつは物わかりが悪い奴じゃない(逆に物わかりが激しすぎるきらいはあるが)。ただ正面から否定すると意地になって、自分でもわかっちゃいるくせに上げた手が下ろせなくなるだけの話だ。
 周りの迷惑を少々過小評価するきらいはなくはないが、こいつはこいつなりに自分を含めた「みんな」のためを思って画策したり陰謀したりしているのだ。つまりは、こいつなりの理も利もあるわけで、何も最初から全面対決、全面否定でなきゃいいのだ。ああ、おまえの気持ちはわからんでもないがな、ハルヒ。
「キョン?」
「はい?」
 不意をつかれて間抜けな声をあげてしまった俺。
 というか、ぼんやり考えているうちに近づき過ぎて、ハルヒのすぐ後ろにまで来ちまってるじゃないか。しかも不動産屋の、今ハルヒが睨みつけている掲示コーナーのガラスに、ばっちり俺の姿が映ってる。これでは、ぴかぴかのトランペットに心うばわれショーウィンドウにおでこをくっつけて凝視しているちびっ子はおろか、ミスうっかりさん部門でも、我が校ナンバーワンの位置に輝くであろうマイ・スウィート・エンジェルですら俺を誤認したり見過ごしたりしてはくれないだろうよ。
「よ、よお。ハルヒ」
「あ、あんた、なんでこんなとこ、いるのよ?」
「なんでって、ここは俺の通学ルートだ。おまえとも何度も歩いてるぞ」
「そんなことは知ってるわよ。あたしが言ってるのは……」
 とハルヒはそこまで言って何かに気付いたらしい。オレの袖をひっつかんで、大股でのっしのっしと歩き出した。
 転びそうになりながら、これも数百回目のシチュエーションなので、俺の足腰は篠原重工製の二足歩行ロボットのようなオートバランサーが働き、見事に持ちこたえて、ハルヒの横に並ぶよう、俺の体を支えて押し出した。
 後ろを振り向くと、個人経営であろう小さな不動産屋のご主人が中から出てきて、こちらを、多分ハルヒの方を見ていた。
 俺は、そのご主人と例の「どういう表情をしたらいいのか分からない時の怒り顔」をはりつけているハルヒの顔をかわるがわる何度か見た。
「なによ」とハルヒの怒りを含んだ声が俺の動きを止め、怒りを浮かべた目の方は俺の顔を睨みつける。
「ハルヒ、おまえ不動産投資に興味があるのか?」
「はあ?」
「冗談だ。部屋でも借りようってのか?」
「……まあ、そのようなもんよ」
 ハルヒの怒り顔は、言い当てられたのが悔しいといった顔に変わる。
「最近、よく眠れなくてね」
 確かに最近のハルヒは居眠りが多いな。一足早い「春眠暁に覚えず」って奴かと思っていたが。
「近所で深夜工事でもやってるのか? 季節外れの暴走バイクの運行ルートがおまえの近所を通るようになったのか?」
 それにしても、それだけの理由で部屋を借りようなんて、お大尽な理由だ。というか、ハルヒがいざ寝ようと思えば、どこかの国際空港の一本しかないせいで忙しい滑走路でだって眠れるだろうに。
「あんたの、そのわざとやってるんじゃないのっていう鈍さには、時々殺意すら覚えるわね」
「ハルヒ、俺なんか食っても多分うまくないぞ」
「どうかしら? 少なくともあんたとこのお弁当もお夕飯も、嫌いじゃない味付けね。それを生まれてからずっと食べてるんだもの、さぞかし……」
「あー、できたら、キャッチ&リリースで頼む」
「本当の狩人はね、自分で食べる分しかとらないのよ!」
 俺は半分は戯れに、あとの半分は反射的に、小さく両手を上げた。ハルヒはとびかかるためだろうか、わずかにさがって腕まくりのようなしぐさをする。万事休す。

「なんだって?」
「眠れないのは、あんたのせいだって言ってんのよ!!」
 ハルヒは神足の速さで間合いをつめ、俺の襟首を自慢の豪腕で締め上げはじめる。
「あんたの鈍さが、わざとやってんじゃないことぐらいわかるわよ!だから余計に腹が立つんじゃない!」
 ハルヒの腕から力が抜ける。崩れ落ちる俺の体。地面にぽたぽた落ちるハルヒの……。
「ハルヒ、おまえ?」
「バカキョン! ついてくんな!!」
 走り出し際にハルヒが放った鞄は俺の額に命中。俺はアスファルトにヒザをつき、ずり落ちてくるハルヒの鞄をなんとか両手で受け止めた。
 あいつが走り去った場所には、小さいが見間違えようがない水滴の跡。
 ハルヒは泣いていた。

 持ち主は泣きながら退場し、残されたのは鞄と謎、それに浮かんで消えないハルヒの泣き顔。どうしようかとしばらく途方に暮れた後、俺はこのまま帰宅するのでも、ハルヒの家に直接行くのでもなく、事の発端に戻ることにした。
「こんにちは」
「やあ、いらっしゃい。ああ、さっきの娘の?」
「はい。あの聞いてもいいですか?」
「いいとも。じゃあ、ちょっと待ってくれるかな。そろそろシャッターを下ろそうかと思ってたんだ」
 駅前の小さな不動産屋は、やはり店主一人で切り盛りされていて、夕方5時を過ぎると閉店なのだという。
「さっきの娘さんなら、このところずっと来てるよ。10日くらいにはなるかな。土、日は時間が違うけども」
「こういうのって守秘義務があるのかもしれませんが、あいつ何を?」
「それがわからなくてね。あの娘、ああやって物件情報をにらんで入るが、一度も店の中に入って来ない。時々、さっきみたいに声をかけようとすると、それに気付いてか、ぷいっと行ってしまう」
「……」
「確かに高校生が自分だけで部屋を借りるってわけにはいかないしね。親が同意して保証人になってくれないと。これこそプライベートなことになるけど、あの娘、家族と……」
「いや、うまくいってると思います。俺の知る限りじゃ」
「そうかね。あの娘の見てるところから察すると、おおかた学生向けのマンションなんだろうと思うんだけどね。君たち、制服からすると、北高でしょ? うちが扱うのは近辺の物件だし。家が引っ越すけど、彼女だけ通い続けようとでもいうのかな?」
 俺は、ハルヒと俺の鞄をつかんで立ち上がった。
「ありがとうございました。あの、また来ます。必ず。今度はあいつと一緒に」
 不動産屋の店主はにこにこと見送ってくれた。
「それがいい。待ってるよ」

 それからの俺の計画は、(1)ハルヒに会う、(2)そして真相を聞く、である。コトバにすると単純だが、口で言うほど簡単ではない。まず、あの天の邪鬼の行方をどう突き止めるか、そしてどうやってあの韋駄天に追いつくか、が問題だ。
 可能性をつぶしていくしかない。あの意地っ張りが、鞄なしで泣き顔のまま帰るとは考えにくい。家に今日誰もいないなら、まっすぐ帰る可能性が高くなるが、自宅に電話するとハルヒの母さんが出た。やっぱりハルヒはまだだという。
 そうなると、あいつがどこで時間をつぶしているかだ、短くない付き合いだ、あいつの考えそうなことが分かっちまって、嫌になるな。あいつが本気になれば、何年だって誰にも見つからずにいることだってできるだろうが、何しろあの天の邪鬼だ。絶対に見付けることができる場所に、それも俺だったら見付けられない訳がない場所に、もしも見付けられなかったら俺が自己嫌悪にどっぷり浸かりそうな場所に、あいつはいる。
 「早く見付けなさいよ! あたしに風邪引かす気?」
 とかいう幻聴まで聞こえるような気がする。見つかった時のあいつの第一声だって想像がつくさ。
「おそい!いつまで待たせる気よ!」
 ああ、末期的だぜ、まったく。

「おそい!いつまで待たせる気よ!」
 明かりが水銀灯だけになった公園のベンチを背にして、腰に手をあてて、それ以外は仁王様のように突っ立ってる奴がいる。やれやれ。
「わるいな。これでも全速力なんだ。不動産屋のおっさんと話し込んだ分がロスタイムだな」
「何話してたのよ?」
「ただの茶飲み話だ」
 俺は自転車を降りて、一歩近づいて言った。
「あと、次はおまえと一緒に来るって言っといた」
 また一歩。
「何、勝手なこと言ってるのよ!」
「俺に関係があるんだろ。俺が一緒に行かないでどうするんだ?」
 そして、もう一歩。
「あんた、自分が言ってること、わかってんの?」
「いや、実はさっぱりわからん。だから聞きたくておまえを捜したんだ。聞かせてもらえるんだろうな?」
「うちの親も、あんたの親も、反対するに決まってるわ! もちろん、あんたも!」
「かなりひどいことらしいな。そんなこと、おまえだけ独り占めとは、ずるいぞ」
「馬鹿言わないで! 冗談じゃないのよ!」
「だから真面目に聞いてるだろ。鈍いアホキョンにも分かるようにちゃんと言えよ」
 もうハルヒとの距離は数歩しかない。
「なんで眠れないのか? なんで部屋を借りたいのか?」
「あんたが悪いのよ、あんたが!」
 その数歩をハルヒは一気につめてくる。俺の胸に体当たりして、ぽかぽかとなぐってくる。
「あんたのせいよ! あんたがいないと眠れないのよ!」
「……」
「あんたの背中があったら、あんたの息づかいが聞こえたら、いくらだってぐーぐー眠れるのに! あんたの家に行って、ご飯食べて、勉強して、遅くなって、あんたが家まで送ってくれて、その後あたしは一睡もできない! 朝になって、あんたが迎えに来てくれるのを、夜中じゅう待ってる。だから! ・・・あんたと一緒に眠れて、あんたと一緒に目が覚める場所があったらって。いっしょに暮らすとか、そんなのは無理、わかってるわよ! 未成年だし、お金だってないし、またあんたの気持ちも確かめず、あたしだけ暴走してるし。で、でも、でもね、キョン・・・」
「……奇遇だな」
「え?」
「おまえが家に来て、飯を食って、それから勉強して、遅くなって、おまえを家まで送って行って、家の前で別れて、おれは一人で帰るんだが、帰って自分の部屋に戻って、部屋の明かりを消すと、おまえがさっきまでいたのが、暗いからかえって、すごくよくわかるんだ。体温だとか、匂いだとか、気配だとか、とにかくそんなのが。それで俺は眠らないで、朝が来るのを待って、支度したらすぐ家を出て、おまえのところへ行くんだ」
「……キョン?」
「なあ、ハルヒ。俺たち確かになんでも自分勝手にやれる訳じゃないが、自分たちがどうしたいかぐらいは、ちゃんと言葉で大人に説明できると思う。話にならなかったらその時はそれで、もう少し悪いやり方だって取れるだろ」
「……キョン」
「だからな、ちゃんと俺を巻き込め。ひとりで抱えるな。それぐらいのことはしていいと思うぞ、俺たち」
「……ごめん」
「あやまるな。さあ、どうすんだ? これからおまえの家に乗り込んで話をしてもいいし、逆にうちに先にくる手もある。なんだかんだいって、おまえはうちの連中に気に入られてるからな」
「……それをいうなら、キョン、あんただってうちじゃそれなりのものよ」
「それなり、ね」
「というわけだから、キョン、早速うちへ向かいましょう。夕飯ごちそうするって言い出すに決まってるから、料理の間にあたしが『下ごしらえ』しとくから、夕食後うちの親をきっちりと説得してね。ああ、そうそう。今日は珍しく親父が早く帰ってくるみたいだから、手間が省けるわ」
「おいおい」
「期待してるわよ、キョン! あたしたちの大事な未来がかかってるんだからね!」
 泣いたカラスがもう、って奴か。やれやれ。
 ハルヒは早速回復した100ワットの笑顔で、俺の手首をしっかり握って、前に歩き出した。


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