ハルヒと親父 @ wiki

涼宮ハルヒのリフォーム その4

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haruhioyaji

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リフォーム4

 涼宮夫妻合作のツナキャベツ・サンドを食べ終えた後も、ハルヒと俺は、ひなたぼっこともおしゃべりともつかぬ何かをしつつ、庭の隅にあったベンチに腰かけていた。

 ハルヒが会話を切って横を向き、俺もハルヒの顔から視線を外してそっちを見ると、気配を消してきた親父さんがすぐそこまで来ていた。
「おまえら、ほんとに仲良いな。離れ離れになったら、ダメダメになっちまうんじゃないか?」
「なるわけないでしょ」
 いつものオヤジ・トークだ。声にもからかいの色が乗ってるし、口元もニヤリとしてる。ハルヒが適当に受け流して、それでいつものように終わるものだと思っていた。
 ところが、今日に限って、親父さんは食い下がった。多分、ハルヒの返事の些細な違い、たとえば「おおきなお世話よ」と無視を決めこむのか、それとも今日のように明確な否定を打ちだすのかの差が、そうさせたのかもしれない。
「じゃ聞くが、バカ娘。おまえは変わったか? 唯我独尊、独断専行のトラブル・メーカーの地はそのままで、キョンがフォローに回ってるだけじゃないかと言われて反論できるか?」
明らかに宣戦布告だった。親父さんが一番よく知っていよう。たとえ親子であれ(いや親子だからこそ)売られたケンカをスルーするようなハルヒではない。

 ハルヒはゆっくり立ちあがった。
「自分が変わったかどうか、そんなことはわからないわ。興味もないしね。……でもね、SOS団をつくったことや、みんなで歩いた街や行った島や雪山、そこで目にしたこと、話したこと、心配したこと、夢中になってやったこと、どのひとつだってあたしは忘れない。たとえ、いつかみんなと離れ離れになるとしても、たとえ、こいつと一緒に居れなくなるなんてことがあったとしても」
 俺も何か言おうとしたが、ハルヒは手でそれを制して、続けた。
「いつか、親父、言ったよね。母さんと出会って、世界が変わったって。だから『出会わなかったら』なんて、もしも話は意味がないって。あたしもそう。あたしも世界が変わったの! 毎日に色が戻って来て、また騒がしく音を立て始めたの。それも一回じゃないわ! だから、あたしは決めたの。この世界で探すって。この世界で生きるって。トラブル?上等よ。あたしは、いつ、どこにいたって、自分が探してるものを見つけるために、いくらだってジタバタしてやるわ!」

 「なあに、勇ましい話?」
 これも気配を消していたのだろうか、いつの間にかハルヒの母さんが、親父さんの後ろから俺たちを覗きこんでいた。
「母さん、不意打ちだ。ちょっとからかってやったつもりが、『式の朝の花嫁の挨拶』を食らっちまった」
「そんな話はしてない!」
「しかも宇宙規模の奴だぞ。《事象の地平》が、ひっくり返るかと思った」
反論するハルヒに目も暮れず、親父さんは天を仰ぎ、自分の額を手で押さえた。
「そうなの。じゃ母さん本気だして7階建てのウェディング・ケーキを焼かなくちゃね。大丈夫、ドレスでも打ち掛けでも、母さんが縫えるから。とりあえず、ハルヒ、キョン君、おめでとう」
「はあ、ありがとうございます」
「ちがーう! あんたも、雰囲気に流されるな! 何、トマトみたいに真っ赤になってんのよ!」
「おまえもだ」
暴れるハルヒに親父さんはとどめを刺した。ここの親子ケンカは、どちらも無傷で済まないようになっているのか。

 「もう、あんたがあんなだから、調子狂ったじゃない! わかってるだろうけど……」
ぷんぷん、という文字を、天使なら輪っかがあるあたりに浮かべて、ハルヒは言った。
「……さっきのことは他言無用よ。今すぐ、2秒で忘れなさい。いいわね!」
「じゃあ、これも2秒で忘れてくれ。……おれも、おまえと同じだ」
「え?何が?」
「世界が変わった、って奴。……以上だ、忘れろ」
 まあ、こいつの場合、そういう意味じゃなくても、世界を変えちまってる訳なんだが。
「な、なに言ってんの? 全然、分からないじゃない!」
 だったら、なんで、おまえの顔がトマトになっているか、聞きたいぞ。
 聞かないけどな。
 相打ち、もしくは刺し違いになるのは明白だからだ。

 ● ● ●

 「あんたのせいで、仮眠が取れなかったじゃないの! 今夜は徹夜で、あの怪しげな洋館を捜索するってのに」
 日が暮れて、夕食をすませて、おやじさんが1杯やれ、と言い出すあたりで席を立ち、俺たちは涼宮家を出た。
「一番の責任者は親父さんだ」
「そうよ、あの親父!覚えてなさい!」
 今日の朝、その親父さんと行った道行きを、今はハルヒと進んでいる。
 駅で電車に乗り、数駅先の駅で降りた。鍵は預かってるので、不動産屋には寄らず、そのまままっすぐ洋館へと向かう。
「いつかみたいに、途中で眠り込まないようにね」
「それはいつの話だ? 文化祭前の映画の編集の時か?」
「うっさーい。一般論よ!」
 「いつかみたい」な一般論って、なんだ? まあ、映画の編集でも、確かに先に寝たのはハルヒだが、俺もほどなく眠りに落ちたし、ことわざで言うなら五十歩百歩だが。
「まあ、こんなこともあろうと、ちゃんと用意してきてよかったわ」
眠気さましか。ドリエルか?栄養ドリンクか? 含有量こそ違え、効くのは結局カフェインなんだが。
「受験生じゃあるまいし、そんなものが飲みたい訳? 『ちゃんと』って聞こえなかった?」
聞こえたさ。だが、一般的平凡人が考える『ちゃんと』が、おまえの考えるそれと同じだなんて、どうして言えるだろう。
「ホット・ミルク・ティ。春先とはいえ、夜は冷えるからね。葉っぱもいいのをおごったし、ちゃんとあたしが入れたんだからね。そこら辺の自動販売機の缶紅茶と一緒にしないこと」
「ほう。でも、なんでコーヒーじゃなくて、紅茶なんだ?」
「コーヒーには利尿作用があって……って、バカ、こんなこと言わせんな!」
はいはい、トイレが近くなるんだな。そういえば冬の天体観測にはミルクティだと聞いたことがある。野外だし、トイレが近くなっても、星の運行は待ってくれないからな。びろうな駄洒落じゃないことは、あらかじめ言っておく。

 「つまんないことばっかり知ってんのね、あんたって」
「なにを、いまさら」
「まあ、確かに、いまさらだけどさ」
洋館が見えてきた。暗い夜空をバックにすると、なかなか荘厳にして不気味である。
「……確かにいまさらだけど、……あんた、怒ってない?」
「何をだ?」
正直、心当たりというなら、ありすぎて分からんし、ハルヒがこんなことを言い出す案件となると逆に希少すぎて見つけ難い。……まあ、ただ一つを除いては、だが。
「あ、あたしが、『みんなと一緒に済む!』って宣言しちゃったこと……」
1枠1頭しか走ってない競馬に賭けるようなもんだ。当たったからと言って配当金がある訳でもない。
「事の始めを思いだして、考えたの。最初は、あの不動産屋さんにいるところを、あんたに見られたところから始まったんだったわね」
「そうだな」
「あたしは、あんたと一緒に暮らしたいって言った」
「ああ」
「あんたは、その日のうちに、うちに来て、両方の親に話してくれた」
「親父さんまで入るとは思わなかったけどな。快諾してくれるとは、もっと思わなかったが。むしろ、うちの方が石頭で苦労も心配もかけたな」
「あんたのお父さんもお母さんも、当たり前のことを言っただけ、ちゃんと叱ってくれただけよ。最後には納得してくれたんだし」
「まあな」
「母さんに言われたわ。パーティの時、あんたヘコんでたって」
さすがは涼宮家最強、あれだけの演奏と歌の後、猛スピードでフルコースを食べながら、そんなことまで見てたとは。一説にはパーティ参加者にはバレバレだったという話も、あの古泉あたりに聞かされることになるんだが、今はどうだっていい話だ。
「今まで、話す機会がなかったけど、夕べの今夜だけど、あんたに尋ねるようなことじゃないんだけど……」
「……ハルヒ、頭を動かさず、洋館の2階の窓だ、一番東側の奴を見てくれ。内に誰かいる」
「!」
「鍵は最低限しか開けてないし、ちゃんと戸締りは確認した。窓を割るなり、侵入した形跡があればいいがな。なければ、俺たち以外に鍵を持っている奴がいるか、あるいは……」
 おれは視線をハルヒに戻した。ハルヒはうなずいた。
「お前の大好物の、不思議野郎かもしれん」



その5へつづく

















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