ハルヒと親父 @ wiki

ドラキョン:あるヴァンパイヤの憂鬱

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haruhioyaji

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 朝が弱いのは仕様、もとい属性だ。決して夜更かしや夜遊びのせいじゃないぞ。
「だったら、あんた、あたしが寝た後、どこ行ってたのよ?」
 深夜の散歩だ。これも仕様、もとい習性であって、やましいところは何もない。
「だったら、なんで眼をそらすの?」
 おれが太陽の光が苦手なのも、これまた本質であって、おまえが眩しすぎて直視できないだけだ。他意はない。
「うまいこと言ったつもり? そういう使い古したことを言っても、喜ばないからね」
 結構喜んでるように見えるのは、おれの気のせいか?
「だいたい、あんた、たまにクサいこと言うときは、人の眼を覗き込むように見るじゃないの」
 それは礼節だし礼儀だろう。魔眼の効果が高まる、といった利点があることは内緒だぞ。
「もういいわよ。結局、あたしはあんたにとって『食料』でしかないんだ」
 言って良いことと悪いことがあるぞ、ハルヒ。確かに今の俺は、しがない夜の種族の末裔でしかないが、それでもおまえへの気持ちは、転化前の、ヒトであった時と何も変わらん。むしろ、自分の気持ちをごまかし続けてきた報いを受けているんだと思う時だってあるんだ。ヒトでなくなり、肉体の成長と老化を奪われ、永遠の時を生きるしかなくなったおれを、おまえは、以前と同じように受け入れてくれた。

「あたしがしわくちゃのおばあちゃんになっても、あんたは、あたしたちが出会った頃のキョンのままなんだ……」
「ハルヒ……」
「それでも、それでもあんたがよかったら、あたしはずっとあんたのそばに居る。あんたがあたしのそばに居てくれたように」
「それで、おまえはつらくないのか?」
「つらいに決まってるでしょ、バカキョン! あ、あんたの方が何百倍もつらいのに、それを知っても何にもできないなんて!」
「……ハルヒ、すまん」
「あんたがあたしの血を吸ったら、あたしは、あんたみたいになれないの?」
「無理だ。俺にもよく分からんが、吸血鬼にもいろいろあるらしい」
「約束して。あたし以外の人の血を吸わないで」
「約束する」


 「なんだかんだいって、ケンカばっかりしてたわね、あたしたち」
「ケンカするほど仲がいい、っていうだろ」
「あんたがそういうこと言えるようになるなんてね。流れてないようで流れてるんだ、時間って」
「そうだな」
「この部屋、ずっと前から、鏡がないでしょ。あんたが鏡に映らないのを見たくなかったし、あんたを時間の外に置き去りにしたまま、自分が変わっていくのを見るのが嫌だった」
「おまえは、会った頃からちっとも変わらん」
「そうね。そういう意味じゃちっとも変わってないかもね」
「どういう意味だ?」
「だから、そういう意味よ」
「……」
「あんたは聞きたくないだろうけど……」
「お前の声なら、どんな言葉だって聞くさ」
「あたしはもう長くないわ」
「ああ」
「もう否定しないのね」
「……」
「そりゃそうね。毎日、血液検査、してるみたいなものだもの」
「……」
「あたしが死んだら、キョン、どこかずっと遠くへ行きなさい」
「ここに居たらダメか?」
「あんた、何言って……。まさか、だめよ、そんな!」
「約束だろ。おれはおまえ以外のヒトの血は吸わない」
「あたしが居なくなったら、約束は自動的に解消よ。守る相手もいない約束なんて」
「おまえは永遠にいなくならない」
「キョン……」
「肉体は変わらないように見えても、時間が流れないわけじゃないだ。記憶は降り積もっていく。昨日はやがて遠ざかる、だが消えてしまう訳じゃない」
「バカキョン……」
「ハルヒ、泣くな」
「泣かせなさい! あんたと別れなきゃ行けないのに、どうして泣いちゃいけないのよ!」
 力のないハルヒの拳が、何度も俺の胸を打った。

 3日間が嘘のように過ぎた。
「キョン……」
「どうした、ハルヒ?」
「……だっこ」
 残った力を振り絞ってハルヒは腕を伸ばした。抱き起こし、抱きしめると、俺の胸に埋めた顔を上げて、ハルヒは言った。あの、ひまわりみたいな、お日さまみたいな笑顔だった。
 「大好き」

 それが最後だった。
 胸に穴が空いたような感覚を抱きながら、何故だか悲しみはなかった。ハルヒの亡骸を抱きしめながら、自身の体すら支え切れなくなっていく自分に、何が起こっているかをすぐに理解できたから。そう、吸血鬼という奴は、太陽の光というやつが何より苦手なんだ。

 ハルヒを全身に浴びて、俺は白い灰になっていった。
















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