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二人は暮らし始めました-外伝-二人はひきこもりました その3

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haruhioyaji

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その2から


 バカップル的ひきこもり生活も10日を越えると、さながらル・マン24時間耐久レース(あるいは1万円で1ヶ月生活)の様相を呈してきた。
 本家のバイオスフィア実験−水も空気も出入りしない人工閉鎖系で、植物や家畜を持ちこみ、究極のショート・レンジリサイクルを行いつつ人がどこまで生きていけるかという過酷な実験も、予想外の、しかしシステム的な要因による慢性的な酸素不足、収穫不足、家畜の全滅に加えて、実験期間後半には、メンバー間のいさかいが耐えなかったという。
 おれたち二人の間でも、いつものように、いさかいは耐えなかったが、これもおそらく谷口あたりに言わせれば、痴話ケンカの域にも達しない「いちゃつき」と判定されるレベルであり、ここに国木田、阪中を加えても、満場一致にして判定は覆らなかったであろう。
 おっとハルヒが呼んでいる。後世に書き残し、何かの教訓にしてもらおうという動機で書き始められたこの記録も、しばし中断を余儀なくされるのは確実な状況となった。

 「こら、キョン! 人が目とじて待ってるのに、いつまで待たせる気よ。新しい放置プレイ?」
「ああ、すまん。ちょっと書きものを、な。思いついたときにメモしとかないと忘れてしまうことってあるだろ?」
「そういうのはね、忘れてもいいくらい、どーでもいいことなのよ。忘れちゃいけないことは、人間決して忘れないわ。たとえば、あたしの顔を忘れたりする?」
「するもんか。初めて会ったときの、おまえの眉の角度や髪の香りだって忘れちゃいない」
「それはちょっとフェチっぽいけど、この際いいわ。今からあたしが現世の憂さをひとつ残らず忘れさせてあげる」
 おまえはどこの花魁か、とツッコミを入れる間も与えず、おれの口はふさがれる。

=画面に近づきすぎず、部屋を明るくして読もう(物語は少しスキップされました)=

……
………
 「『ひきこもり』と言ってたが、ほんとにここ10日ほど、出掛けてないな」
「あんたが熱出した時、使ったネットスーパーで食料品その他の日用品の買いものは済んじゃうしね」
「なにより外は暑い」
「それが本音ね。まあ、ぐうたらなあんたがそうなることは想定の範囲内よ」
「うーん、こうして、もやしのような生活をしていると、水着の跡もきれいさっぱり消えそうだな」
「見せっこする?」
「いや、それはすでに、ある意味日課になっているというか、さっき違う目的のときに、まとめて済んでしまったというか」
「すけべ」
「すけべだとも」
「ったく。……夏休みに泳ぎに言ったこと自体が、なかったことになったりしてね」
「わー、こわい話はよせ」 というか、リアルに怖いことになるような発言はよせ。
「なによ、怖い話がしたいの? ま、たしかに怪談の季節っていえば季節だけど」
「その真逆だ。やめてくれ」 リアルになるかもしれないホラー話なんてまっぴらだ。
「じゃあ、あたしから行くからね」
「人の話を聞け!」
「あんたこそ、黙ってあたしの話を聞きなさい!」

−−−私が小学生だった頃の話よ。クラスにひよこみたいに薄い色で短い髪の毛の女の子がいたの。今思うと、抗がん剤治療の副作用だったんじゃないかと思う。その子はしばらくして、ガンでなくなったからね。
 小学生のあたしは、今考えると幼稚のきわみだけれど、周囲の幼稚さに耐えられなくて、ちょっと周囲と一線引くところがあったわ。物言いも居丈高だったし、決して自分から折れることをしなかったからね。なに、その今もそうだろ、って言いそうな顔は。ちがう?まあ、いいけど。
 話の続き! その子、本名を使うのもなんだし、とりあえずヒヨコちゃんと呼ぶけれど、何故だか、あたしと彼女は仲良しになったわ。髪の事をからかわれてるのに、あたしが腹を立てて、からかってた連中をぶんなぐったのがきっかけだった気もするけど、この際だし、そういう細かいエピソードは省略よ、省略。
 ヒヨコちゃんは、いつもにこにこしてて、やさしくてよく気がつくし、それはそれはいい子だったわ。けれど病気は残酷でね。日に日にやせていく彼女を見るのは正直つらかった。でも、あとでヒヨコちゃんのお母さんから言われたんだけど、「ハルヒちゃんと一日でも長く、おんなじ学校へ行きたい」って、その頃にはもう、ずいぶん無理を押して登校してたみたい。
 その頃に、ヒヨコちゃんが階段から落ちて骨折する事故があったの。事実がどうだったか、今となっては分からないけれど、あたしはちょうど彼女が落ちてきた階の廊下を階段に向かって走ってるところでね、彼女が階段を転がり落ちてくるのをまともに目撃したわ。そして、階段の上から笑い声が聞こえたの。あたしは激高して階段を駆けあがって、その辺りにいた連中の犯行だと決めつけて、こう叫んでた。
「なんてことすんのよ!病気の子を階段から突き落とすようなバカは生きる値打ちも無いわ。今すぐその無駄な人生を中断して、余った命を彼女に献上しなさい!!」って。
あたしが次に聞いたのは、小さいけれど激しく憤った声。ヒヨコちゃんだった。
「ハルヒちゃん、そんな風に思ってたの? だからあたしにやさしくしてくれたの? あたしは友達だから、って思ってたのに!」
 彼女は骨折してて、それ以来学校に来なくなったわ。お見舞いに何度もいったけど、彼女はあたしに会ってくれなかった。あたしはバカで、彼女の目の前で「あの子はもうすぐ死ぬのよ」っていうのと同じ意味の言葉を叫んでたの。怒って当然だわ。「もうすぐ死ぬあたしに同情して、やさしくしてくれたの?」と彼女は言ったの。そんな気持ちがないといえば嘘になるわね。小さなあたしには、死はまだ遠くてよくわからなくて、それでも考えるのを避けるようにしてた。あたしは彼女にも、似たような感情を抱いてたのかもしれない。いい子でやさしくて、でもどこか近づき難いから、あたしは安心して彼女と付き合えたのかもしれない。その先は本音をぶつけあわなくちゃならない「最後の一線」を踏み越えなくても済みそうだったから。そんなよこしまな考えが、いつか気付かれない訳は無いわ。あたしは彼女を見下ろしてたり同情してたわけじゃないと思う。でも、もうすぐ死んでしまう子だから、とどこかで意識していたの。だから、とっさにあんなセリフが出たのよ。命のろうそくには、他の人の命は足せないのにね。
 そんなことをうつうつ考えていたら、いつのまにか、あたしは放課後の校舎で、誰もいない階段の踊り場に立って、階段の下を見下ろしてた。誰かが押したわけじゃないのに、あたしは踊り場から前に飛びだしていて、そのまま階段の下へ……。
 「バカなハルヒちゃん。でも大切な友達。いつもあたしのことを思っていてくれたのに。ごめんね」
あたしの方こそごめん、と思った。
 気付くと、あたしは階段の下に転がってた。体中どこも痛くなくて、不思議だった。それから抜け出すように家に買えると、あたしが階段にいた頃、ヒヨコちゃんが亡くなったと、ヒヨコちゃんのお母さんから電話があったって、母さんが。
 結局、あたしは彼女のお通夜にもお葬式にも行けなかったわ。子供心なりに、会わせる顔がない、って感じだった。それでも何日か経った後、母さんに促されて、ヒヨコちゃんのお母さんに手紙を書いたの。今喋ったような出来事と、最後に「ごめんなさい」を書いて。
 2,3日が過ぎて、ヒヨコちゃんのお母さんから返事が来たわ。正確には、「ヒヨコが最後にハルヒちゃんに書いてた手紙です」と一筆箋がつけられた、彼女からの手紙。書きだしはこうだったわ。
 「バカなハルヒちゃん。でも大切な友達。いつもあたしのことを思っていてくれたのに。ごめんね。
 あたしはもうすぐ呼ばれて行かなくてはいけません。ハルヒちゃんともっと遊びたかった。ハルヒちゃんみたいに元気に走りまわりたかった。ハルヒちゃんみたいに、いやな事はいやだとはっきり自分の意見を言いたかった。あたしのしたかったこと、できなかったこと、ハルヒちゃんにはみんなできたの。あたしはハルヒちゃんにあこがれてました。そしてうらやましくも思ってた。ずるいと思った事もあるの。なんであなたにできて、あたしにはできないの、って。
 バカなのはあたしの方です。仲良くしてくれてありがとう。あなたはいつまでも、あたしの親友です」


   ● ● ●


「ハルヒ、こんな泣ける話で、怖がれないぞ」
「今のは……あんたを怖がらせる話じゃないわ。あたしが怖いと思う話よ」
「そりゃどういう?」
「大事な人だと気付いた時は手遅れって、あんた怖くないの?」
「ハルヒ……」
「おまけにどっかのバカは平気で階段から落ちるし……。とにかく! この話はあんたに話したから、あんたはちゃんと記憶しとくように」
「お、おう」
「……キョン、あたし、浴衣着るわ。この近くで、ううん、遠くてもいいから、どかーん、と景気のいい花火大会を探しなさい! 繰り出すわよ!」
「やれやれ」
 「引きこもり生活」もそれはそれでよかったが、誰かさんのトラウマが少しでも癒えるなら、うやむやのうちに終わって一向に構わないがな。
「返事は一回!」
「今のは返事じゃない!」



〜おしまい〜




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