ハルヒと親父 @ wiki

親父と母さんの格闘

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haruhioyaji

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 「すまんが、これを預かってくれないか?」
「黄金(こがね)の指輪、ですか」
「月並みですまんが、母親の形見なんだ。なくすと困る」
「話し合いに行くのではなかったの?」
「そのつもりだし、『話し合い』で負けるつもりはないんだがな。少々ボキャブラリーが不足気味らしくて、すぐに刃物や拳で語り出す連中なんだ」
「『通訳』に同行しましょうか?」
「とてもあり難い申し出だが、ほら、あるだろ、命もプライドも両方が惜しいって状態」
「自信家ね」
「いや、バカなんだ」
「さっきのはプロポーズじゃなかったの?」
「そのつもりだ」
「じゃ、指輪はあなたがはめてください」
「お、おう」
「約束です。無事に帰っていらっしゃらない時は、連れ戻しに行きますから」
「ああ。善処する」

   ● ● ●

 「なんの用だ? おれはもう行員でもなけりゃモサドでもない。ああ、あんたらが、ものすごく困ってるのは分かるが、こっちはハネムーンの途中なんだ。気をきかせてくれ」
「まだ返事はしてませんよ」
「彼女が機嫌を損ねたぞ。どう責任を取ってくれるんだ?一生を棒に振りそうじゃないか」
「涼宮さん、あなたは我が行が買収される前からいらした唯一の日本人です。今の支店長も頭取も知らない貸し金庫をご存知でしょう」
「ウィーンの古い銀行だ。モーツァルトの第5番シンフォニーが出てきたって驚かんさ」
「我々にとってはそれ以上のものです。さらにまずいことに持ちだしたのは、前頭取の……」
「じゃじゃ馬娘か? さわらぬ神に祟りなしだな」
「我々はあなたを信頼しております。すべてお話します。私達を助けていただきたい」
「俺もあんたらのことは嫌いじゃない。まあ好きと言うには程遠いが。おまけに俺はお人よしなんだ。自覚してる。話を聞いちまったら、手を貸しかねん。だから、回れ右して帰ってくれ」
「持ちだされたものは、個人の日記です。サザビーズなら好事家達が値をつけるでしょうが」
「ウィーンでは、ネオ・ナチのガキどもがご本尊にして拝み倒すってのか?」
「涼宮さん!」
「あー、察しの良いのも考えもんだな。相談なら、おれがやめる前に言ってくれ。ヒトラーの愛人の日記なんざ、さっさと燃やしてしまえばいいものを」
「おっしゃるとおりです。しかしバンカーは誰であれお客様からお預かりしたものを……」
「頭取の娘なら、4重ロックをはずして、いつでも持ちだせるようにしてるのか。初耳だぞ。極東の黄色い猿に、伝統ある銀行を買い叩かれて、お姫(ひい)さまの白豪主義に磨きがかかったのは、行員なら誰だって知ってる。そういう団体に親しく出入りしてることもな。事が起こる前になんとでもしようがあったろうが。何度も言うが、おれは神でもなけりゃ仏でもない。ましてや1日100ドル+必要経費で、命をかけるマンハッタンの名無しの探偵でもない。あれは日本人が書いた短編小説だ。実際の探偵は、人工知能搭載の武装スポーツカーを乗りまわしてる。ここには自転車だってないんだぞ」
「用意します」
「泣きたくなってきたぞ……あ、おい、ちょっと」
「顔を上げてください。彼には私からもお願いしてみます。きっとあなたたちを助けてくれます。私の夫ですもの」
「おーい。さっき、まだって……」
「二語はありません」
「やれやれ。俺だって殴られれば痛いし、刺されれば血が出るんだぞ」
「そうならないように、うまくやってください。あなたが怪我をしたら私も悲しいわ」
「あのな……」
「やりたいことは何でもできる人ではなかったの?」
「そんな大それた願い事は今までしたことがないだけだ。……おい、金を湯水のように使うぞ。警官も政治家も買収する。汚い仕事はみんなそっち持ちだぞ」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
「やれやれ。せっかく幸せになれると思ったのにな」
「新婚早々、死ぬ気なんですか?」
「まさか!」

   ● ● ●

「銀行から来た代理人だ。話せる奴に取り次いでくれ」
「……あんたが来ると思ったわ」
「やれやれ」
「日本人は嫌いだけど、あんたが一番大嫌い」
「求婚を断ったしな」
「な、大嘘よ!」
「あんたも金持ちでなかなかの見かけだが、うちの女房は女神なんだ。相手が悪かったな」
「K、こいつを殺して!」
「あんたがリーダーか? そこのうるさいのを引き取りに来た。日記ごと、ここで燃やしてもいいんだが、それだとあんたらに迷惑がかかるだろ。これでも気を使ってるんだ」
「こいつ、気が違ってるのか? おれたちは誰とも取り引きしない。まして東洋人とはな」
「うん。話が分かるな。その日記を書いたエバ・ブラウンって女の情人(いろ)はな、時間を守れないイタリア人と、時間しか守れない日本人と組んじまった。負けて当然だ。カリスマなら自前で探した方がいいぞ。おまえらは労働組合も相手にしない失業者でしかない。外国人が雇われるのはまじめで学ぶ気持ちがあるからだ。未来を見つめないと、今度はおまえらが世界中からつまはじきにされるぞ。日本人みたいにな」
「こいつ、総統をバカにしたのか?」
「そんなこと、いちいち女に聞くな。おれはおまえらをバカにしてるんだ。こっちは銀行がどうしても運べといってきた札束入りのトランクだ。さっき自動発火装置を取りつけたから、上手く取り外せたら、なにかうまいもんでも食いに行くといい。おい、じゃじゃ馬、帰るぞ!」
「早く殺しなさい!」

 ん?そのあとか?
 トランクが閃光を放って、札束をばらまいた。
 じゃじゃ馬かついで、えっさほっさ逃げたのはいいが、やつらが細いのは娘時代だけだぞ。
 まあ、簡単に言うと息が切れた。
 建物の外までは出られたが、中でえらい音と閃光がしたからな、爆発と思って仲間連中が集まって来やがった。ドジな作戦だ。
 とりあえず、瓦礫の壁を背にして、来る奴から順になぐってたが、切りがない。20人くらい倒したが、殺すまでやってないんで、時間が経つと20人前のが、息を吹き返してくる。ああ、シジフォスの労働だ。困ったなと思ってたら、向こうの方で人が飛んでるんだ。それが段々近づいてきて、見れば母さんだ。力が抜けたよ。
「よう。また会いたいな、と思ってたところだ」
 母さんはなんにも言わず、白いものが俺の顔の前を横切ったと思ったら、顔に激痛が走った。膝がくじけそうになったぞ。さっきから荒くれ者たちを吹き飛ばしてたものの正体がようやく分かった。ビンタだ。その痛いのなんのって。
 そこで母さんは初めて口をきいてくれた。
「約束しましたから。無事に帰っていらっしゃらない時は、連れ戻しに行くと」
 左手首をすごい力で握られてずるずるひきずられていった。ああ、じゃじゃ馬はとりあえず肩にかついでたけどな。
 母さんは笑っても泣いてもいなかったが、静かに怒っているのだけは、その当たりの連中はみんな分かったはずだ。薬でもやってるのか、それがわからない連中は、簡単に崩されほいほいと投げられた。それ見てると、ばら手(握っていない手)で、あごの先や目の下を打たれたり、体重移動に合わせて引かれたりして、どれもビンタじゃなかった。これだったら、俺なら避けれそうだなと思ったんだがな。
 とにかく、そんな風にして、ほとんど無人の野を行くようにおれたちを連れだしたんだ。ま、母さんの背中は「ここまでバカとは思わなかった」と書いてあった。

 その後は、あまりおもしろい話はないな。

 「エバ・ブラウンの日記」? そんなもんはなかった。それらしい話はいくらもあるんだけどな。
 そういうものは、ウィーンの古い銀行の地下金庫にでも入れとかないと価値がないのさ。額縁効果って奴だ。アホガキどもが持っていた方が、誰もそんなものに価値を認めんから、その方が世のため人のため、だ。

 ビンタ? ああ、母さんはビンタとは言わなかったな。なんでそんなに痛かったのかって? 終わった後、俺も聞いてみた。母さんは確かこう言ってたな。

「女の平手打ちより痛いものが、この世にあって?」

 ないない、絶対にないぞ、キョン。














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