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ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その5



「は?」
 と俺は聞き返す。
「なに言ってんだ、おまえ?」
 受話器越しにハルヒは答えた。
「なにって……、修学旅行とかで、ほら、男子が女子の部屋に遊びに来たりするじゃない? いわば、ああいう奴よ。深い意味はないわ」
「悪いがハルヒ」
「な、なによ?」
「お前の方に深い意味がなくてもな」と俺は言った「俺にはある」
「ななな、い、意味ってなによ?」
「俺はおまえでなきゃ嫌だ」
「……」
 ハルヒは黙った。それもいいだろう。どうせ全部言わなきゃ俺だって止まりそうにない。
「目の前にどえらい美人がいたとする。俺だって健康な男子高校生だし、抱きしめたいし、キスしたいし、押し倒したくなくないけどな、今はお前でないと嫌だ」
「い、今って?」
「お前に出会っちまって、お前を個体識別して、お前とお互いに話して、お互いに思ってることをぶつけあって、こうして一緒にいる今、ってことだ」
 再び沈黙。波と波がぶつかり合う音が、えらく近く聞こえる。受話器から鳴っているみたいだ。
「わかったわ」
 ハルヒは言った。
「あんたは、どうあってもこっちには来ないということね」
「ハルヒ、お前、いったい何を聞いて……」
「あたしがそっちへ行く。これで文句ないでしょ?」
 二つのドアが同時に開く。そこにいるはずの相手を見つめ合う。
 先に動いたのはハルヒだった。
 さっと、俺の横をすり抜けたと思ったが、ハルヒは俺に左手首をしっかり捕まえていた。
 ハルヒに引きずられ、ベランダから外へ、俺たちは夜の浜辺に駆け出た。

 コテージの非常灯を除けば、辺りには明かりになるものは何もなかった。
 他に明かりがないと、月の光はこんなにも青く明るいのか。

 ハルヒに手を引かれて、コテージからの緩やかな坂を、夜の砂の上を走る。
 波打ち際まであと数メートルというところに来て、ハルヒは止まって、俺の手首を離して、俺の方を見た。

「とりゃー!」
 不意をつかれて、倒される。砂の上に上半身から落ちる。あごを砂にぶつける。痛い。
 (辞書の意味で)砂を吐きながら、一応抗議してみる。
「ぺっ、ぺっ! 何すんだよ、ハルヒ!」
「カニばさみ。まずはあたしの一勝ね」
 一勝? 勝負? ホワイ? えーい、こいつの思考回路はトレースし切れん。今わかるのは、「おほほ、つかまえてごらんなさい」的な展開はあり得ないってことだけだ。月の光よ、我に武運を!
「もういっちょ、いくわよ。どりゃー!!」
「のあ! いきなりか!」
「一瞬の隙は、戦場では死を意味するわ」
 死かよ! そして戦場かよ!
 言っててなさけないが、スピード、技の種類にキレ、それに知略(?)に上回るハルヒの絶対的優位が続いたが、ちぎっては投げちぎっては投げしているうちに(つまり俺が繰り返し砂の上に転がる度に)、未曾有にみえたハルヒの体力もいささかの陰りを見せた。やっぱり言ってて情けないが、勝ち続けるには、負け続けることを数倍する体力が必要なのだ。
 言い換えれば、ハルヒの目的が「俺との当面の戦いを制すること」であるのに対し、俺の目標は「このもーよーわからん大相撲的シシフォスの労働を終わらせること」だった。つまりは、ハルヒは勝ち続けなければならず、俺はただの一回、こいつにもはっきりわかる形で勝てばいいのだ。それがものすごく難しいのだが。
「へっ、さすがに息があがってるじゃないか、ハルヒ?」
「膝に両手ついてるあんたに……言われたかはないわ」
 ないなら作ってでも隙を突くしか、俺に勝ち目はないだろう。
「次で決めるぞ、ハルヒ!!」
「勝手に言ってなさい、キョン!!」
 足をめがけてタックルする。むろんフェイクだ。
「ハルヒ、好きだ!!」
 ちなみに言葉はフェイクじゃないぞ。
「こ、このバカキョン!!」
 俺のタックルを読んでいたハルヒは、軽々と俺の上を飛び越えていく。ただし視野の端に写ったハルヒの顔は真っ赤なトマトだ。
 着地するや否や、ハルヒは叫ぶ。
「卑怯者!あんた、そんな言葉まで使って!そうまでして勝ちたいの!?」
「真剣勝負で、自分に一番気合いが入る言葉を叫ぶのは当たり前だろ!」
 俺にそんな難しい作戦が思いつける訳もなければ実行できる訳もない。だが、勝算は五分と見た。いくぞ、ハルヒ。
「愛してるわ、キョン!!」
 怒声とともに張り手が飛ぶ。顔がよじれる、膝が崩れる。
「言われてみてわかった。すごい諸刃の剣だ」 愛の言葉って。
 それを受けて、あの動きか。すごいな、ハルヒ。
「やっぱりバカだったのね、あんた。それに先に倒せば問題なし!」
「その言葉、もらっとくぞ」
「なっ、わ、わ」
 膝をついた足も、足首を立てて、死んでいなかった。片膝立ての体勢から、もう一度ハルヒの腰に至近距離からアタック。腕を回して、抱え上げる。渾身の力で。
 「こ、こら、離せ、アホキョン! エロキョン!」
「無理だとわかってるが一瞬だけ大人しくしろ。もうちょっとの力しか残ってないんだ。ハルヒ!」
「は、はい!」
「愛してるぞ! 絶対、離さないからな!!」


 誓いは、たった2秒で膝から崩れた。体力の限界。緊張の中断。深手の影響。その他諸々。
 それでもハルヒをなんとか砂の上に転がし、自分は少し離れたところに放り出した。

 砂の上に並んで寝転ぶ二人。

「キョン……生きてるよね? あんなこと言って、死んだらひどいからね」
「……い、生きては……いる」 本当の意味で、砂を吐いたけど。
「……よかった……」
「はあはあ、一応聞いとくが、ハルヒ?」
「はあはあ、なによ?」
「煩悶とした青春はスポーツで昇華! なんて体育会的オチじゃあるまいな」
「バカじゃないの? そっちはもちろん別腹よ」
 もちろんかよ! そして別腹かよ! 
 ハルヒは寝転んだまま、右手をずいっと上に、夜空に向かって突き出した。その手の先には、ものすごい数の星の光。
「どう? これであんたとあたしは『ひとつ屋根の下』よ」
「やれやれ……そうだな」
 二人はくすくすと笑った。ハルヒの、あまりにハルヒらしい自信たっぷりの言い方を、「いや、それだったら、ここまでしなくても」といった俺のかき消された愚痴のなさけなさを、いや多分その両方を、心のどこかで指差しながら。

 相手の手は、すぐ届くところにあった。
 指先がまず触れ、互いに絡み合う。手が重なる
 腕が互いを引きつけ合う。身を起こす。
 二人の顔が近づく。
「待って。キョン、一回つねらせなさい」
「いてて。もう、あちこち痛い! ……何すんだよ?」
「ふん。夢じゃないようね」
「そういうことはな、自分ので確かめろ」
「キスなんかで夢オチでした、なんてたまったもんじゃないわ」
「おい……」
 だまってなさいと、ハルヒの口が、口をふさいだ。


「……なあ、母さん」
「なんですか、お父さん?」
「今度は人の多いところに宿とろうな。あいつらが、あまり自然に帰らんように」



その6へつづく










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