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二人は暮らし始めました-外伝-ハルキョン温泉旅行 その3

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haruhioyaji

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その2から


 一泊二日の宿の予約を済ませ、互いにたっぷりと睡眠をむさぼった数日後、俺たちはその、やたらと交通の不便なところにある温泉旅館に向けて出発した。
 乗り継ぎの面倒さにも関わらず、ハルヒは終始上機嫌で、
「やっぱり人間寝ないとダメねえ、キョン!」
などと勝ち誇ったように語ってみせる。
「見なさい、いいえ、触れてみなさい、このみずみずしい張りとつやの肌!」
「どれどれ」
「ど、どこさわってんのよ!! 時と場所をわきまえなさい!」
「グーで殴るな。ほっぺただろ!」
「あたしが無抵抗なのをいい事に、人のほっぺを『たこやき』にしたわね」
「抵抗どころか、おもいっきり反撃してるだろ! あと知らない奴には絵でもないと伝えにくいぞ、このいたずら」
「あんたがやったんでしょうが!」

 長い旅のはずだったが、くだらない話をする時間というのは、なんでこうも短く感じられるのだろう。
「あんたは知らないだろうけど、世の中にはドーム露天風呂っていう恐ろしいものがあんのよ」
 声をひそめて、どっちの方角かはわからないが(怪談じゃないよな?)、とにかく雰囲気を出して、ハルヒは話し始めた。
「なんだ、それ? そういうところに行きたかったのか?」
 おまえの神の右手なら可能だぞ、そういうのを引き当てるのも。
「あんたはその恐ろしさをまだ理解してないようね」
「理解も何も存在自体が初耳だぞ」
「車で玄関まで乗り付けられる上に、入口と廊下の奥には、妙に屈強な爺さんたちが必ず掃除しているので、たとえ週刊誌のカメラマンも尾行中の探偵も、隠れる場所なし。しかも食事は部屋まで運んでくれるので、他人にも知人に会う危険が微塵もないわ」
「それって危険なのか?」
「やんごとなきVIPやその愛人、その他有名人や、関係がばれたくない不倫カップルとかにとってはね」
「おれたちはISOだってもらえそうな、健全公認カップルだ」
 バカップルだと、俺の口からは、あえて言うまい。
「そして宿泊費は一番安いところで10万円以上。もちろん部屋付きの露天風呂があり、そのままイチャイチャだってできるわ」
「おまえ、睡眠時間削ってそういうサイトみてたのか?」
 おれ以外の心ない誰かなら、ネットサーフィンにおいては谷口並み、って烙印を押すぞ。
「それだけじゃないの!部屋の数だけある露天風呂全部を、外から中へは光を通すけど、中から外へは通さない特殊ミラーでできたドームが覆ってるのよ! どう?空中撮影及び衛星撮影も不可能という、この手の込みよう」
「すでに露天じゃないぞ、それ」
 素直に内風呂でいいんじゃないか?
「ドームの効果はそれだけじゃないわ! 各々の露天風呂でくりひろげられる、うれし・いやらし睦事に伴う音声情報を、思う存分リミックスして反響させるのよ! 誰と誰の声なのかは、こうなるとかえって分からなくなるけれど、誰も彼もが何をやっているかは一目、いいえ一耳瞭然よ!!」
「……エロハルヒ……まだ眠り足りないのか?」
 ネットに流れる「美少女の皮をかぶった中身はおっさん」という風説を想起せずにはおれん。って、おれもネットで何見てんだろうね。
「……ニブキョン」

 と、とにかく。
 ふざけ合う時間は、ことさら短く感じられるのだった。つまるところ時の流れも、ノリノリのバカップルには無意味であり(とうとう自分で言っちまった)、その長い長い道行きも、気付けば目的地を目前に、終わろうとしていた。
 駅に付くなり、改札を飛びだしたハルヒは、どこの風習なのか、腕をぐるぐる回してタクシーを止め、行き先をつげると車がスタートするなり、足を高速でばたばたさせた。公共交通じゃなくて良かった。
「車の中で走るな。速度はかわらん」
「やる気とモチベーションの問題よ!」
「やる気とモチベーションは十分分かったから、今度は推進力と安全運転に気持ちをくだいてくれ」
「いや、すぐに着きます!着かせます!」
 運転手さん、おれもあなたと、ほとんど同じ気持ちです。

 その後、ハルヒは旅館の自動ドアも、おれがフロントで部屋の鍵を受け取り場所を聞いてる最中も、エレベーターの中でも、信号待ちを足を止めずに待つジョキング走者のように、その場で走りつづけた。

 ハルヒは部屋に飛びこむなり、自分とおれのTシャツに同時に手をかけた。
「おいおい、ちょっと待て。いきなりかよ?」
「温泉に来てやることはひとつに決まってんでしょ!」
「まあ、待てって。心の助走とか準備ってモノもあるだろ」
「あんたのそんなものを待ってたら、ツバル群島はとっくに海面下に沈んでるわよ! もういい、大浴場へ行ってくる!」
 バンと大音響で閉められたドアを見つめること、3秒、おれはいつもの口癖を言い、荷物を置いて、部屋の奥にある障子をあけた。サッシでできた専用露天風呂の入り口がそこにあり、手前には大きな脱衣かごと、大小の、もとい男性向けと女性向けの浴衣がたたんであった。
「やれやれ」
 会って間もない頃の、体育の着替えを思いださせる。あの頃、ハルヒは誰の前だろうと着替えようとした。その後、俺の前では着替えようとしなくなり、ややあって俺の前でしか着替えなくなった。
 何が変わったのか、正直、今でも正確には言い表せそうにないが、変わった事はおれだって十分理解してる。この身にだっていろんな形で刻んでいる。現に、おれだって、あいつと二人きりのこの旅行で、はしゃいでる、ハイになってる。いい加減分かりにくいだろうが、それに慣れろだとも馴染めだとも思わない。あいつはあいつ、涼宮ハルヒだ。それはちっとも変わらない。頼まれもしないフォローめいたことを、ついついやっちまうおれもおれだ。そうとも、これも変わってない。

 大浴場へ行き方は、いくつものでかい矢印が教えてくれた。おれはやや早足で、先に行っちまったあいつの後を追いかける。これだって、そう悪くないもんだぜ。ああ、もちろん二人分の浴衣を持ってだ。

 「何しに来たのよ?」
 勢い込んで走りだした割には、あいつの進み方はぶっちぎりゴールを少しも狙っていなかった。大浴場と書いたでかいのれんの前で、楽にハルヒに追いついたぐらいだからな。
「大浴場まで来て、風呂に入る以外に何をする気だ?」
「のぞき、とか」
「中学生か? ほら、おまえの浴衣」
「あ、うん」
「じゃあな。出るとき、声かけろよ」
「入り口で別れて、脱衣場出たら、混浴だったりして」
「そんなベタな展開は好かん」
「あ、そ」
「混浴なら二人きりでだ」
「こ、この……」
「エロキョンで結構だ」
 ハルヒを残してすたすた中に入る。
「お、覚えてなさい!」
 おお、みごとな負けセリフ。ってことは、おれの一本先取か。やれやれ。つらい旅になりそうだ。今はせいぜい、ここまでの分の疲れを洗い流しておこう。

 脱いだ服をかごに入れ、タオルを肩にかけて、風呂への入り口を開く。
「ベタな展開で悪いわね」
 そう、そこには、スレンダーなくせに(以下略)な体に、でっかいバスタオルをまきつけただけハルヒが、仁王立ちしておれを待ち構えていた。
 ちょっと半泣きしそうになった。これもハルヒの不思議パワーのせいだというのなら、宇宙の摂理を作った奴に、今度小言を言ってやりたい。12時間でいい、一度おれと代わってみろ。
「まずは、あんたの体を洗ってあげるわ。覚悟しなさい!」
 もとい、修正。半死にしそうだ。
 そんな覚悟、できるやつなんているもんか。

 そして、もうひとつ修正だ。あて先は神さまだかなんだか分からんが、さっきの「小言」は無しだ。

 そうとも、誰にも代わってなんかやるもんか。










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