ハルヒと親父 @ wiki

できちゃった エピローグ

最終更新:

haruhioyaji

- view
管理者のみ編集可


 墜落事故から1年後、キョンに双子の娘、母さん、それにあたしは、カルフォルニア州バークレー市の地を踏んでいた。親父は仕事が忙しくて(ざまあみろ)日本に置いていかれることになった。
「なんて逆=単身赴任だ!」
「キョンをこき使って、サボってるから、こういう目に合うのよ」
「おまえなあ、どの口でいうんだ?」
「この口よ」
「アヒル口かよ。だいたいサボってないだろ。入院してただろ」
「その間もキョンはバイトしてたじゃないの!」
「そのかわりTOEFL&SAT対策にエッセイの添削、留学向け受験勉強をキョンとお前の二人分、見てやっただろ!」
「最後の方は、マサカドさんとアカザキさんに押しつけてたじゃない」
「直前には経験者の方がいいだろうと思ったんだ」
「お父さん、いい考えがあるわ」
「なんだ、母さん?」
「会社をやめて、アメリカで自分の会社をつくったらどうかしら」
「ナイス・アイデアだ、さすが母さん」
 だが、会社の偉い人がひっきりなしに泣き落としに来て、この計画はアイデア倒れになった。

 入院中、親父にはひっきりなしに来客があったが、マサカドさんとアカザキさんは、ほんとに仕事のことをキョンに相談しているようだった。親父の病室にいて、ケータイの電源を切っていると、親父が持ちこんだパソコンのスカイプに呼びだしのメッセージが入る。
「おい、キョン。二人組みからメッセージだ。話したいことがあるから、ケータイの電源を入れてくれ、とさ」
「ちょっと屋上へ行ってきます」
「20分は帰って来ないぞ」
「本来、親父の仕事じゃないの。キョンに押しつけて」
「おいおい。自分達で納得してなきゃ、鼻っ柱(プライド)の高い若造どもが、わざわざ高校生(ガキ)に相談を持ちこむもんか。俺よりキョンからの方が学ぶものが多いと、気付いたんだ」
「なによそれ?」
「ほんとにあいつの嫁かよ。いろいろあるがな。たとえば、あいつは、人を見下さないし、見上げもしない。たったそれだけのことが、どれだけのもんか、あいつらも思い知ったって訳だ。そこまで育てた俺は偉いぞ」
「あんたの話は誰もしてないわよ」


 時折訪れる二人から、キョンの話を聞くのは楽しかった。
「極めつけはアレね。『ガキの使い』事件」
「そう、あれは胸がすっとしたな」
「それだけじゃなくて、あれで話がやっと前に進んだのよ」
「大地主の偏屈なじいさんが話し合いを止めてる難物だったんだ。土地持ちってのは、財産家だけど事業をしているわけじゃないから、意外と付き合いが狭くてね、土地の処分のことなんか相談できる相手がいない。強いて言えば、貯金がある信用金庫だったんだけど、そこでも何度か投資信託とか買って損して結果的にダマされるうちに、ますます偏狭で猜疑心の固まりみたいになってたんだ」
「だから偉い人、コンサルタント、いろんな人がいくけどみんなはね付けられてたの。そこにキョン君の登場」
「じいさんは激高して、『ガキの使い、とはようゆうたわ。ほんまにガキよこしよった!』と大荒れ」
「キョン君は落ちついたもので、おじいさんがぎゃーぎゃーわめき散らすのを全部聞き流して、息が切れたタイミングを見計らって」
「『はい。ご覧の通り、ガキの使いです。ですから、お話いただいたことは、すべてそのままお伝えします』」
「一瞬、居合わせたみんなが唖然よ。おじいさんまで『ほんまか? 今、わしがわめいたこと、そしたらどない伝えるねん?』って、もう一歩乗りだして、キョン君の顔を覗き込んでね」
「そこはキョン君、親父さんに鍛えられてるから、はしょらず過不足なく、おじいさんの『わめいたこと』を復元してみせて」
「『こりゃ、えらいガキの使いがきたわ。わし側の条件は、みんなこの人に伝えるよって、後の人はもう帰ってええで』」
「ぼくはあれで、親父さんがよく言う『わざわざ出向いて、負けて来い』の意味がわかったよ。親父さん、自分では絶対負けて見せないから(笑)」
「キョン君、こういう話しないの?」
「こら、アカザキ、デリカシーがないぞ」
「うーん、よく話はしてくれるけど、なんか失敗談ばっかりね。楽しそうに話すけど」
「それはやっぱり」
「うん、照れ屋さんね」


「ああ、キョンは俺とは逆のタイプだな。俺は自分のペースに相手をまき込むが、キョンは相手に合わせる、というか、つき合ってやる。おれがシャーマンなら、あいつはカウンセラーだ。理想を言えば、キョンのタイプがお得だ。相手の力を利用して投げるから省エネだ。本人は投げてるつもりもないんだろうけどな。
 だが、この業界、まだまだ俺みたいなタイプが多い。自分は訓練を受けているプロだ、素人なんか簡単にひねれると思ってやがる。交渉と説得の区別がつかない奴までいる。だが、この世に素人なんかいない。誰だって、そいつが生きてる場所じゃプロフェッショナルだ。自分や家族の命や人生がかかってんだからな」


「いやー、親父さんは違うね。どこにいっても、あのとおりの親父さんなんだけど、それがどこでも、誰の前でもできる人なんていないよ」
「なんか、乗せると言うか、その気にさせるところなんか、天才的ね。うん、シャーマンというのは当たってるわ」
「3すくみで、掴みあいになりそうな話しあいがあってね。じっと黙って聞いているんだ。で、『だいたい分かった』と立ち上がって、そのまま机の上まであがって、机の上をすたすた前に歩き出して(笑)」
「『ひとつだけ、聞いていいか? あんたらの誇りはなんだ?』」
「みんなが唖然としてるうちに、あるグループのリーダーの前まで歩いてて、『あんたらは、どうだ? 命をかけて守りたいものはなんだ?』」
「リーダーはもごもご言うけど答えられなくて」
「うしろの方から野次が飛んでね、『あんたらが壊そうとしてる森よ!』。親父さんはうなずいて『ああ、そうだ。あんな風に話してくれ。次は誰だ? 誰が話す?』」
「ああいうのは、独壇場だね。人数が多いほど、親父さんは乗る。というか、何か乗り移る」
「ちょっと怖いくらいね。悪い人じゃなくて、よかったわ。世が世なら、天才的な扇情家(デマゴーグ)、独裁者になれるわ」


「?ん ああ、怒りだとか感情がとぐろ巻き出したら、そういうのはわざとやる。ヒッピー上がりの心理学者は、プロセス・ワークなんて大層な名前をつけてるけどな。でかいロックコンサートなんかじゃ、よくあった。宗教儀礼ってのは、元々そういう使われ方をしたんだ。集まって儀礼をやってるうちに感情が集団的に沸騰して、そこに神様が降りてきて、何が聖なるものか、何が正しいことかが、みんなの目の前で明らかになる。人類学じゃ古典的なトピックだ。ABCのBくらいに習うぞ」


 留学先がマサカドさん推薦のハーバードでなく、アカザキさん推薦のバークレーになったのは、いろいろあったが、結局は「今更、寮になんて入れるか」ということに尽きた。アメリカでも良いお家の人が通う名門校は元々が全寮制が売りだったりするのだ。そこへいくと、バークレーは自由・自由・自由なところが売りだった。ちょっと自由すぎるきらいもあるけれど、あたしたちにはちょうどいいわね。
 母さんは、初めて来た街なのに「ちょっと寄るところがあるから」と、あたしたちと分かれ、次に合流した時には、さっそく実家よりでかい一軒家を借りる手続きを済ませていた。
「あと銀行口座も開いたし、医療保険にも入ったわ」
「保険って?」
「だって、あなたたちのラブラブ具合だと、こっちにいるうちに何人生まれるか分からないもの。保険なしだと一回の出産で300万円くらいかかるの。保険に入っておくと9割まで保険金がおりるから、日本で生むのとそんなに変わらない費用になるわ。あと、バークレーって自然分娩が盛んでね、博士号を持ったスペシャリストなお産婆さんがいるから、おしゃべりしてる間に、日本より楽に生めると思うわ」
「母さん、そんなこと、いつのまに?」
「あら、母さんだって、ネットサーフィンぐらいするわよ。ハルの出産時期がもう半年遅かったら、こういうのもいいわね、と調べておいたの」
「そ、そうなの」
「あと、二人とも、明日は自動車免許を取りに行きましょう。こっちだと一人10ドル、時間も1時間ぐらいで取れるから」
「なに、それ?」
「筆記試験(3択)と実技試験(20〜30分町中を走るだけ)を受けるだけよ。もう10ドル払うと国際免許証にもできるから、日本でも使えるの。こっちは車がないと、何かと不便だし、母さんも取ってしまおうと思って」
 涼宮家(うち)で、「生命力の親父、生活力の母さん」といわれるだけのことはあるわ。


 街の東側に連なっているバークレー・ヒルズの方を向いて、キョンはバルコニーにある椅子に座っていた。ずっと続いてた慌ただしさから来る疲れせいか、それともそれが生来の性格なのか、ぼんやりして何か考え事でもしているみたいに見えた。
 「キョン」
「ああ。こっち来て、座らないか」
もちろん異存はないわ。ふたりっきりなのも、ひさしぶりだしね。
「ハルナとハルキは?」
「すっかりおばあちゃん子ね。母さんにせがんで、英語の歌を歌わせてるわ」
「俺たち忙しくて、お義母さんに任せきりだもんな」
「母さんは、あたしのとき出来なかった《乳児の子育て》ができるんで、うれしくって仕方ないみたいだけど」
「それでもさ。……感謝してる」
「あたしだって、感謝してるわよ。……その、あんたにも」
 キョンは、あたしが今どんな顔をしてるか、確かめようとでもするように顔を向けた。残念でした、泣いてないわよ。
「……どんな顔もきれいだけど、やっぱりハルヒは笑顔だよな」
「な、な、なに言ってんの、いきなり!」
「その笑顔なら、大丈夫だと思ってな」
「……あんたが何を話そうとしてるか、なんとなくだけど分かるわ、キョン。あたしにあった《力》のことでしょ?」
「ハルヒ……」
 あいにくだけど、だてに嫁をやってる訳じゃないのよ、キョン。いつかの時よりも、いつよりも、今はあんたのことがわかる気がするの。あんたが、SOS団のみんなが、あたしにしてくれたこと、あたしをどんなに大切にしてくれたかってことも。
 「あたしは、あたしに何ができたのか、そして何をしたのか、やっぱり知らなきゃなんないと思う。それが、あたしたちがみんなでいっしょにいた一番の理由なんだし。……でもね、でも、これだけは先に言わせて。あたしは、あたしの力のせいだろうとなんだろうと、あんたと親父が無事に帰って来て、すごくうれしかった。ううん、あんたと、みんなと出会えた、それだけで十分なくらい」
「十分なんて言うな、ハルヒ。おれはまだ足りないぞ。おまえだってそうだろ?」
 キョンは言った。
「それと、おまえは何にもなくしちゃいないからな。ハルキとハルナがいる。お義母さんや親父さんがいる。おれだって。それに、おまえの突拍子もない想像力や、なんだってつきぬけていく行動力や、誰だって振り向かせずにはおかない魅力や、100ワットの笑顔だって、それに……」
「……みくるちゃんがね、最後にひとつだけ、って教えてくれたことがあるの。みんなと、そう遠くない将来、また会えるって。みくるちゃんや有希や古泉君とも……」
 それは、あたしたちの誰かが、あるいは誰もが、とんでもない危機に陥るときなのかもしれない。だけど……
「今度こそ、あたしをのけ者にしようたって、そうはいかないからね!」
「わかってるさ。ともあれ、第2幕のはじまりだ、ハルヒ」
「いいえ、第3幕よ。第1幕目は、あんたがジョン・スミスだなんてばかげた偽名を使ったときに始まったの」


 「また、できちゃった、って何が?」
 無理やり、こっちにくる仕事をつくった親父の来襲。予定どおりかえり撃ちにしてやったわ。
「あたしとキョンの子供に決まってんでしょ、バカ超親父! ちなみにまた双子よ。こっちで生まれてアメリカ市民権もあるから、大統領だって狙えるわ!」
「腹にガキがいない時間の方が短いじゃないか。ちょっとは家族計画とか考えろよ」
「そんなの、勢いでなんとかなるわよ!」
「キョン、こいつはダメだ。おまえが自重しろ」
「いや、なんというか、そういう生やさしいものでは」
「く、おまえまで悪魔に魂を売ったのか?」
「自分の娘つかまえて、誰が悪魔よ」
「お前、どの口で言う、おれを悪魔だなんだと言ってたのは誰だ?」
「あんた以外の全員よ」
「母さん、ダメだ。バカップルが単なるバカの夫婦になっちまった」
「まあ、幸せなら、それでいいじゃありませんか」
「こいつらは何が来たってそりゃ幸せだろう。エンドルフィン出まくりじゃないか」
「わたしたちも、ですよ。みんな元気でこうやって揃って、何よりじゃありませんか」
「さすが、母さん。人間ができてるな」
「そりゃ、お父さんと長年連れ添っていれば、ね」
「あいつら、まだ会って数年だろ。長年連れ添ったら、どうなるんだ?」
「『産めよ育てよ地に満ちよ』ですか?」
「地上はハルキョンだらけか?」













記事メニュー
目安箱バナー