ハルヒと親父 @ wiki

ヰタ・セクスアリス/雨宿り

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haruhioyaji

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 梅雨入りが宣言されて以来カラカラの晴天が数日続いた次の日。
 どうやらそれも昨日までの気まぐれらしく、ようやく空に暗雲が立ちこめ、こりゃ一雨どころか雷様だってやって来そうな放課後、俺はまだ教室に居て、窓からおどろおどろしい灰色の渦巻き模様を眺めていた。
 「おい、キョン。帰らないのか? こりゃ一雨どころか雷だって来るぜ」
だったら俺になんぞ声をかけずにさっさと帰りゃいいのに、谷口はへそを手で隠しながら、気が早すぎて鞄をアタマの上に乗っけている。
「谷口、おまえ、傘忘れたのか?」
「な、なんで分かった?」
「ほらよ」
置き傘を谷口に放ってやる。折りたたみだが、雨が激しくならないうちに帰れば、十分役に立つだろう。
「ほらよ、って。ありがたく借りてやるが、おまえはどうすんだ? 涼宮が休みだから、SOS団だって休業だろ?」
ああ、なんで俺は帰らないんだろうね。



「雨が降りそうね、キョン」
「そうだな」
「雨宿りしてかない?」
雨が降る前から、ってのはおかしくないか? と言おうとして、隣の奴をみると、そいつはあろうことか、「ご宿泊」以外にも「ご休憩」だってできるファッショナブルな宿泊施設を指差していた。
「『御伽草子』から『今昔物語』に『十訓抄』、近くは永井荷風『墨東綺譚』、映画の『マイ・フェア・レディ』、さだまさしの『雨宿り』まで、雨宿りした男女が契りを交わしたり、結ばれたりする話が、なんでこうまで多いのか、ずっと疑問だったの」
やれやれ。
「で、疑問は解けたのか?」
「服が濡れて透けるのが萌え、なのかと思ってたけど、平安時代にまで萌えをもっていくのもどうもね」
萌えじゃなくても、エロくて単に発情したんじゃないのか?
「あんたとするようになって分かったわ。雨が降ると、したくなるの」
ホワット? おまえ、いま、何て言った?
「あんたと初めて肌を合わした後に体感したわ。低気圧が接近すると発情するの」
いや、難しく言ってくれ、と頼んだわけじゃないぞ。年頃の女の子が、往来で口にしていい話題とは、だな。
「だったらおおっぴらに話し合える場所に行きましょう」
すごい力で俺を引きずり出すハルヒ。
「おまえ、話し合う気なんかないだろ!」
「ごちゃごちゃ言うな! 据え膳食わぬはナントカの恥っていうでしょ!」
いや、おれは、そういうのは、なんかこう、もっと大事にしたいというか、あれだ。
「でも、することは、するんでしょ」
そりゃするけどな。いや、そうじゃなくて。
「それ以上、無駄なおしゃべりを続けるようなら、あんたの口を塞ぐわよ。マウス・トゥ・マウスで。それとも拳骨がいいかしら?」
はい、降参します。

 「最初はね、雨が音を消してくれるからかな、と思ってたの」
 ピアノをやってたせいか生まれつきのものなのか、ハルヒの奴は妙に耳がいい。そのせいか、音は気になるタイプのようだ。自分は人一倍騒音をまき散らすくせにな。
 そうした訳で、生活騒音が近くからもれ聞こえる、お互いの部屋ではしない、という不文律みたいなものができた。俺達以外の家族が全員不在で、「ふたりっきり」になれる場合を除いてだが。そういえば最近、何故だか頻繁にみんな不在になるのだが。
「あんたは普段ノートなんか取らないから気付かないでしょうけど、雨が近いとね、ノートが湿って、シャーペンの滑りというか、書き味が違ってくるの」
そしてお前は発情する。低気圧には催淫効果がある、と。
「あんたは、どうなのよ?」
後の席から飛んでくる視線とフェロモンに無条件降伏だ。というか、死ぬ気で告白してよかった。
「な、何言ってんの?どういう意味?」
雨の日の度に発情ならず発狂して、何かやばい事件でも起こしてたかもしれん、ってことだ。察しろ。
「ま、あんたは常時、発情中だしね。野放しにできないわ」
ちがう。お前は、お前と会ってる俺しか知らんからだ。
「じゃあ、あたしと会ってない時のあんたはどうなのよ?」
……おまえのことを考えてる。
「頭いたい」
俺もだ。



 「何してんのよ、こんなとこで?」
「こんなとこって、ここは俺のクラスの教室で、座ってるのは俺の席だ」
「とっくに放課後よ。いるのは、あんたひとりじゃないの」
「人を待ってた」
「へえ、誰を?」
「待つ必要がなくなったな」
「……帰らないの?」
「帰るさ。だが帰り方ぐらい、好きに選んだっていいだろ?」
「どしゃぶりの中を走っていくの? 酔狂ね」
「休んだ日の放課後に、それも雨の日に、わざわざあの坂を登ってくる奴に言われたくない」
「それだけじゃないわ。……あんたの自転車、わざわざ押してきてあげたわよ。ほら」
窓の下に、ずぶぬれになった土のグランドが見える。そいつを横切ってきた、我が愛車も。
「やれやれ。ブレーキの甘いあいつに、あの坂を二人乗りで駆け降りさせるつもりか」
「それだけじゃないわ。どこか体を乾かせるところまで、一気に行ってもらうわよ」
「やれやれ」
「ナビならまかせなさい」
「右に曲がりたいからって、右耳引っ張るのはなしだぞ」
 いずれにしても、このずぶぬれ女を放っておいたら、そのまま水に帰ってしまいそうな気がしたんで(悪いな、妄想だ)、俺達は急いで教室を、校舎を、学校を出た。
「あの廊下の水たまりは、お前が通った跡か?」
「む、あんた、いま、ひどいこと考えたわね!?」
「まるで、なめく……うむむう。ち、窒息させるつもりか?」
「一番、苦しい死に方だって。キョン、死に方は選べないのよ」
「だったら生き方だけでも選ぼう。次の角、右で良いんだな」
「ダンプが急に飛びだしてこなけりゃね」
 二人乗りの自転車は、不思議な力に引かれるように角を曲がった。ああ、そうだ。いつかの哲学的問答をその前でこいつとやった、「ご宿泊」の他に「ご休憩」だってできるファッショナブルな宿泊施設だ。
「スポーツで発散できるなんて、大嘘ね。今日だって10km泳いできたけど、なんの効果もなかったわ」
「ハルヒ、少し黙っててくれ。振り向けないのに、口をふさぎたくなる」
「はいはい、エロキョン。もう少しの辛抱よ」
「こっちのセリフだ」
「わかってんなら急いで」
 腰にまわしたハルヒの腕が熱を帯びる。






















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