ハルヒと親父 @ wiki

二人は暮らし始めました 9日目

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haruhioyaji

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「39.2度……。キョン、ごめん」
「熱は出た方がかえって気分はマシなんだ。中途半端なときがいちばんしんどい。だから気にするな」
「ごめん」
「あと人肌で暖めるのがいいのは、雪山で遭難したときだ。俺の方が熱が高いから温まらないし、お前にも風邪がうつるから、もうするな」
「うん、ごめん」

「ネットスーパーで、スポーツドリンクと桃缶とプリンとゼリーの栄養補助食と氷枕と遠赤外線を反射する保温シートを注文してあって午後には届くけど、他に欲しいものない? あと、いつでもおかゆは作る用意はしてあるわ」
「ああ、いまは食べ物は体が受けつけんと思う。ちょっと、眠るから」
「うん」
「熱があるから、何かうわごとを言うかもしれんが気にするな」
「うん。……タオルしぼる水とりかえてくる。ゆっくり寝てて」


 二人が付き合い出してない頃、あたしが風邪を引いて、キョンがお見舞いにきてくれたことがあった。
 あたしもキョンも、その頃はずっと素直じゃなくて、その日も相変わらずだったけど、キョンはいつもより少しだけやさしかったし、あたしも少しだけ素直だった。背中を向けて、その顔を見られないようにしたけどね。

 今でも相変わらずなところはたくさんあると思う。それでもあたしたちは、あの時よりもずっと近くにいる。手を伸ばせばいつでも触れることのできる距離、たとえ気持ちがぶつかり合っても、はじき飛ばされて離れてしまう前に、お互いを引き止めることができる距離。
 もう、好きだと言うのに、泣かなくたっていいし、気持ちを確かめるために、互いの背中に回した腕に、ありったけの力を入れなくたっていい。

 濡らしたタオルを流水でざぶざぶ洗って、洗面器の水も取り替える。流し台から振り返ると、あたしたちの小さな部屋が見渡せて、その片隅に二人が眠る少し大きめのベッドがある。あたしの大好きな人は、今はその上で体重をスプリングにあずけて、ありったけの毛布に布団をかぶって、寒そうに体を丸めてる。悪寒がするのだろう。熱はまだ上がるかもしれない。

 ノックがあった。
「ハルにゃん、キョン君は?」
「妹ちゃん。うん、熱が高くて。まだ上がるかもしれない」
「これ、お母さんから預かってきたの。解熱剤の座薬。キョン君、小さい頃よく、高い熱、出したから、今でも常備してあるんだって」
「ありがと!妹ちゃん」
「ハルニャン、少し泣いた? 目、真っ赤だよ」
「え?」
「あ、こすっちゃダメ」
「うん。大丈夫。ただの寝不足」
「あのね、お母さんが、キョン君をよろしくって。でも、ハルにゃんも無理しちゃだめよ、って言ってた」
「ありがとう、妹ちゃん。大丈夫。いざとなったら、おぶってでも病院に連れて行くし、絶対キョンは助けるから」
「ちがうよ、ハルにゃん。おぶって行かなくても、救急車を呼べばいいんだし、近所にみんないるんだから、手伝ってくれるし、助けてもくれるよ」
 あたしは、少しの間だけ、唖然とした。自分の思い上がりと、まわりの見えてなさに。何を一人で力んでいたんだろう。キョンは、あたしだけじゃない、妹ちゃんやお母さんや、もっといろんな人たちの大切な人でもあるんだ。
 「わかったわ。キョンのかかりつけの病院ってどこ? ああ、あの大きな総合病院ね。妹ちゃん、いっぺん家に帰って待っててくれる? で、あたしが連絡したら、健康保険証もって病院で合流しましょう。今は熱の上がりかけだから、体が汗を出すのも止めて、体温を上げてウイルスと戦ってるところなの。今、解熱剤を使うと、体温が上下しちゃって余計につらいし、体力も水分も消耗するから、もう少し体温変化の様子を見るわ。妹ちゃん、ありがと。もう大丈夫だからね」
「うん! いつものハルにゃんだ。でも、なんかあったら、すぐ電話するんだよ。あたし、飛んでくるから」
「うん、わかった」

 結局、その夜、キョンの熱は40度まで上がったが、それがピークだった。汗をかき始め、ゆっくり体温が下がって行った。水分補給にスポーツドリンクを少しずつ口に含ませる。体温が下がってきて、キョンは口を開いた。
「ハルヒ、おまえ、ずっと起きてたのか?」
「あんたは少しは眠れた? 汗が出だしたわ。すぐ拭くとせっかく熱を下げてくれるのをじゃますることになるから、少し気持ち悪いだろうけど、ガマンしてね。あと、これからは水分を補給すること。一気に飲む必要はないわ。スポーツドリンクはたっぷり作ってあるからね」
「何かあったか?」
「うん。妹ちゃんが解熱剤の座薬を持ってきてくれたわ」
「使ったのか?」
「つらそうだったけど、熱が高くなってるときは、無理に下げない方がいいの。ウイルスも死なないし、体力も水分も奪われることになるから。ごめんね、せっかくお母さんが持たせてくれたのに、使わないで」
「気にするな。おまえの判断が正しいと俺は思うぞ。……看病、ありがとな」
「熱を計って、じっと見ていただけよ」
「礼ぐらい言わせろよ」
「後でいいわ。元気になってからね」

 その後、キョンがかぶった布団の上に頭と腕をあずけて、あたしはそのまま眠ってしまったらしい。多分、緊張の糸が切れて……そうか、あたしは緊張してたんだ。目が覚めたとき、ようやくそれに気付いた。
 熱が下がり、目がさえたキョンは、時々スポーツ・ドリンクを飲みながら、あたしが起きるまで、アタマを撫でていたらしい(起き上がると、あたしを起こすことになるから、やめたんだ、とか)。顔に落書きなんてしてないでしょうね? 自分で鏡を見て、確かめたらどうだ、って? あんた、まさか? 
 ええ、落書きはしてないわね、確かに。……で、これは何? なんで、ご丁寧に絆創膏まで貼ってあるの? あんた、あたしを起こすから布団から出てなかったんじゃないの? 起きない方が悪い? いつもなら、っていつものことはいいのよ! こら、キョン、病み上がりなのに、いや、そうでなくても部屋を走るな! 待ちなさい!!

















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