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ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その1

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haruhioyaji

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 「ところでさ、あんた、9月の連休、何か予定ある?」
 もはや恒例と化した感があるそれぞれの家で催される放課後勉強会(正確にはハルヒによる無料家庭教師)。
 問題集に向かうのも1時間を超えれば多少の集中力の低化もやむを得ない訳であり、俺たちは予定より早めの休憩タイムに、和菓子とほうじ茶というしぶい間食をとっていた。その最中、冒頭のハルヒによる爆弾発言はなされた。
 爆発していない? じゃあ不発弾か。
 いやいや、昨今のハルヒの暴言装備はテクノロジーの粋を極めており、一見ゼム・クリップにしか見えない爆弾発言など、もはや日常茶飯事となっているのだ。
「な・ん・か、予定ある?」
 俺が聞き落としたとか聞き漏らしたと、ハルヒのやつが思った訳ではないことは、発言の前三分の二を省略し、「な・ん・か」にアクセントを置いたことからも推察できる。
 要は「あんたになんか予定があるわけないわ。あっても些細なこと、この絶対にして至上の団長命令の前には、トラヤのようかんの前のチロル・チョコも同然、取り上げるに値しないんだからね、つまりあんたの回答は考えるまでもなく決まっているの!『ありません』よ!、どう?」とコイツは言っているのだ。
「特にないな」
 俺はできるだけそっけなく答えた。
 ハルヒは一瞬「にかっ」とでも背景に描き文字を加えたいほどの笑みを浮かべたが、すぐに腕を組んで、その剛腕で笑顔ごと上機嫌を押し隠した。そして、
「そう」
とハルヒもできるかぎりの愛想のない相槌を打った。「ふーん」という気のない声をつければ完璧だっただろうね、きっと。
 だけどな、ハルヒ、その太陽系数個を詰めこんだみたいな目から放たれる嬉々とした輝きは、25年後と17年後にベガとアルタイルのそれぞれで観測されるぞ、きっと。
「で、確認しときたいんだけど、あんたパスポート持ってる?」
 なんの確認だかわかりはしない。この時の俺には、これが地雷の「信管」だと分かるはずもなかった。
 いや、この程度が信管だというなら、世の平均値をかなり上回って穏当でないハルヒの全発言が、それに該当するだろう。あるいはハルヒの存在そのものが。
 だから俺は事実をありのままに答えた。
「そんなもの、持ってない」それからこうも付け加えた。「何に要るんだ、そんなもの?」
 ハルヒは、あーあんたがそこまでバカとは思わなかったわ、といった風に頭を横に振った。
「決まってるじゃない。海外旅行よ」
「そうか」
 俺は、納得して、合点がいって、うなずいた。
「なるほど」
 今のハルヒの発言に俺の予想を超えるものは含まれていない。俺の考えとハルヒの考えは、齟齬をきたしている恐れはあっても、言語レベルでは十分許容される範囲内だと考えていいだろう。
「そうじゃないかと思ったよ」
 ところが、ハルヒはそこで目をそらし(なぜ?)、息を吐いてから、今までの口調とは打ってかわって、ぽつりとつぶやくように話しだした。
「あたし、お盆にあんたの田舎に付いてったでしょ」
「ああ」
 そうだった。
 ひょっとすると、あれはこの夏すべての出来事の最上位にランク・インするイベントだったかもしれん。
 俺の思考はしばし想起モードに入り、甘酸っぱい感情を脳内に行き渡らせて、普段なら言わないような言葉を言語中枢に選ばせていた。
「あんな愛想のいいハルヒを見れるなら、毎月だって行きたいくらいだ」
「ばか。あれは外交モードよ。あんたに恥かかすわけにはいかないでしょ?」
「……」
「なんか、言いなさいよ」
そうだ、俺、なんか言えよ。何故、ここで詰まる? 言え、さあ、言いなさい。言うのよ、ヘレン、Water!
「……まさか、照れてるの?」
ぐっ。
「ほ、ほっとけ。話を進めろよ」
それじゃ、認めたことになるだろうが、俺。その、「照れている」ということを。
 しかしハルヒにとっての本題はそこにはなかったらしく、ありがたいことに軽くスルーしてくれて、本題の方へ戻ってきた。
「まあいいわ。でね、お盆のは、あたしがあんたんちの家族旅行に割り込んだみたいな形だったでしょ?」
「うちは誰も気にしてないぞ。気遣いは無用だ」
ちなみに俺も気にしていない。親+妹のにやにや笑い以外については、な。
「気遣いという訳ではないけどね。なんでも『お返し』がしたいんだって」
「へ?」
誰が?
「うちの両親が」
「つまり、その」
「そう。涼宮家の家族旅行に、あんたを招待するわ、キョン」
「ちょっと待て、なんでそういうとこまで話が進む?」
そのまえに菓子折り持って挨拶とか、酒を組み交わすとか、殴りあっているうちに友情が芽生えるとか、何だかよくわからなくなってきたが、とにかく! なんかそういう下ごしらえとか心の準備運動とかがあるんじゃないのか、普通?
「別に進んでないわよ。それに……なんというか、あんた、うちの親に気に入られてるのよ。どういう訳だか」
「まったく、どういう訳なんだ、それ?」
「親父だけなら、あたしもなんとかするんだけどね。今回の首謀者は、母さんなのよ」
「まじか?」
「真剣と書いてマジ。あの二人が組んじゃったら、さすがにね」
「ちょっと待て。おまえ、さっきパスポートがどうのこうの、言ったよな?」
あれはこれと、つながっているのか? とすれば、どういうことだ? ああ、やっと俺にもわかるぞ、つまりだ。
「家族旅行って海外かよ!? って、まず俺の意思を聞けよ」
「無意味よ。あんたが拒否したって、地の果てまで追ってくるわよ、だって地球は丸いんだから」
って、なんというジャイアン?
「あんたをかばって一緒に逃げてもいいけど、逃げきれるかどうか。自信は正直ないわね」いや、そこでため息つかれてもな。
「じゃあ、明日は役所巡りね。さっさと作っとかないと、どこかのバカ親父が『キョンのパスポート作っちゃった』とか、言いだしかねないから」
「そんなの勝手に作れるものなのか?まずいだろ、いろいろと」
「まずいわよ。さっきのセリフの続きはこうよ。『ほら本物と見分けがつかないだろ』」
「おいおい」
「あたしも、あんたに前科がつくのは回避したいわよ。というわけで、明日役所に行くわよ!」
 ハルヒは高らかにも厳かに、天井を(多分その上の夜空を)指差し、そう宣言した。


「楽しみだなあ、母さん」
「ほんと楽しそうですね、お父さん」
「そうとも。ナイス・アイデアだ、母さん」
「それで行き先は決まったんですか?」
「いつもの通り『暖かくて、物価が安くて、地元の人が親切でうるさくなくて、のんびりできるような国』と注文しておいた。明日中にはなんとかすると言ってたから、朝一番に行ってやろう」
「いつも大変ね、旅行代理店のその人。なんでお父さんの友達なんかやってるんですか?」
「なんでも俺に弱みがあるらしいな。俺の方はさっぱり覚えちゃいないんだが」
「そうでしょうとも」
「人にした親切と人に貸した金は忘れろ、というのが家訓なんだ」
「その家から勘当されたんでしたっけ?」
「父親が堅物でな。人生の岐路に立つ度に、おもしろい方へおもしろい方へと進んだら、いつのまにか勘当されてた。ありゃ横溝正史の小説なんかだと真っ先に殺されるタイプだぞ」
「映画だと、犯人はいつも一番ギャラが高い大物女優さんなのね」
「家族そろって海外なんて何年ぶりだろうな、母さん」
「ほんとね。お父さんは仕事で毎月どこかへ行ってるけど」
「ろくでもない場所へ、ろくでもない用向きばっかりだ」
「ハルが嫌がって、行かなくなったのね」
「こんな手があるとは思いつかなかった。さすが母さんだ」
「あら、すごい悪の党首みたいな言われ方」
「ほめてるんだぞ」
「行き先がわかったら電話くださいね。キョン君の家にご挨拶に行ってきますから」
「挨拶という名の交渉(ネゴシエーション)だな」
「というより支援(バックアップ)ですよ。お家の人に反対されたりしたら、ハルヒと板はさみでキョン君がかわいそうじゃないですか」
「そうとも。今回のミッションの鍵を握るのはあいつだからな」


 我らが団長涼宮ハルヒの宣言は、それすなわち決定であり、しかも俺だけを巻き込むような企画の場合はほぼ100%の確率で実施されるという、ありがたくない実績がある。
 今日も俺たちは、その実績にカウント1を積み上げる結果となった。
「母さん、ただいま。キョンもいるんだけど」
「おかえりなさい。キョン君、いらっしゃい」
「おじゃまします」
「あー、つかれたわ。来週にはパスポートとれるって」
「そう、よかったわ。キョン君、無理言ってごめんなさいね」
「いいえ。海外旅行なんて、むしろ何か、すみません」
「気にしないで。キョン君なしだと、そもそも成立しない企画だから」
「えーと、それはどういう?」
 どういう意味だ?とハルヒに視線を送るが、いつもはこっちの頭蓋骨の後ろまでお見通しよ的に俺の目を覗き込んでくるくせに、こんな時に限って、こいつ目をそらせやがる。アイ・コンタクト失敗。結局、ハルヒ母が俺の質問を引き取る。
「そのうちわかるわ。今日は夕飯、食べて行ってね。ハル、ちょっとだけ手伝ってくれる?」
「いいけど、親父遅いんでしょ?そんなにつくるの?」
「仲間はずれにしちゃ、お父さん泣いちゃうから」
「俺も何か手伝います。お邪魔じゃなければ」
「残念。力仕事部門はもう終わっちゃったのよ。ハル、お部屋に案内してあげて。あ、その前に、キョン君、お家に電話しといた方がよくないかしら?」
「あ、そうですね。電話、お借りします」


「それじゃあ、ごちそうさまでした。失礼します。あ、送らなくて良いぞ、ハルヒ。今日は遅いし、親父さんもまだなんだ。母さんを家に一人にするな」
「え、でも……まあ、あんたがそういうんなら」
「ああ。明日な」
「うん。おやすみ」

「キョン君、帰ったの? 今日は送っていかなかったの?」
「母さん。ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」
「まあ、怖い」
「身に覚えがあるのかしら?」
「何のこと?」
「自分の家に電話した後、キョンの目が点滅してたんだけど?」
「ほんと、どうしたのかしらね?」
「母さん、理由、知ってるんでしょ? キョンの家で何言ったのよ?」
「うーん、差し障りのない、当たり障りのないことだけど。大切な息子さんを海外まで連れ出すんだから、ご挨拶くらいしておかないとね」
「だから、具体的には?」
「キョン君をお婿さんに下さい」
「なっ!」
「冗談ですよ」
「言って、良いことと、悪いことの!」
「はいはい。ただね、ハルの秘密をほんの少し、喋っちゃった」
「なっ!」
「『無理をお願いして申し訳ありません。キョン君に来て頂けないとうちの愚娘がどうしてもいかないと申しまして。私も体が弱くて、この先何度もこんな機会があるとは思えません、どうかどうか後生とお思いなら……』」
「母さん、乗ってるところ悪いけど、ヅカ(宝塚)入ってるし」
「あら、お父さんだわ」
「話の途中よ!」
「お父さん、ハルがいじめるんですよ」
「なに!ついに猿山の世代交代か?」
「ちがう!あれはオス猿でしょ!」
「じゃあ親殺しのオイディプスか。母さんが美しすぎるのがいかんのだ」
「ええい、やってなさい!」

 次の日の朝、俺はいつものようにハルヒを迎えにいき、学校へ向かった。
 なんとなしに切り出したのは、今回の旅行のことだった。
「ほんとにいいのか、飛行機代だけで?」
「いいんじゃない? 泊まるところはコテージで何人増えても追加料金はないんだし、あえて増要素があるとしたら食費ぐらいだけど。あんたの田舎でたらふく食べた覚えはあるけど、あたしお金払ったっけ?」
 じいさん以下親戚連中は、ハルヒの健啖ぶりについて、最初は目を丸くして見つめ、最後には拍手までしてたな、確か。
「いや、しかしだな」
「そういうことはスポンサー(親父)か、ツアーコンダクター(母さん)に言ってちょうだい。ところで聞きたいことがあるんだけど」
「俺もだ」
「あんた、うちから自分の家に電話した時、なんか絶句してたけど?」
「あれは……」
「きょろきょろしない! 今、あたしとあんた、二人きりよ」
「つまり、あれだ。電話に出た途端、おふくろの口から出たのは『あんた、ハルヒちゃんになにしたの!?』」
「はあ?」
「さすがに、ちょっと、おまえの家では……な」
「……う、うん」
「で、ハルヒの母さんが、うちで何言って帰ったのか、気になってな」
「それよ! あたしもあの後、なんとかして聞き出そうとしたんだけど、途中で親父が帰って来てぐちゃぐちゃ。『母さんが美しすぎるのがいかんのだ』って、何よそれは?」
「まあ、確かにおまえの母さんは美人だが」
「へえ、ああいうのが好み? 残念ながら、人妻よ」
「知ってる」
「そりゃ、そうね」
「おまえもだ。っていうか、おまえだ」
「は?」
「だから……察しろ」
「は?は?は? 別に笑ってる訳じゃないわよ」
「俺の好みは、今、手をつないでる奴みたいなの、だ。……ハルヒ、その不思議な踊りみたいなの、やめろよ」
「ち、ちょっと、びっくりしただけよ!」
「それは少しへこむぞ」
「へこまなくたっていいわよ。むしろ胸をはりなさい!」
「ハルヒ、それは少し違うぞ」
 そんなバカな話を欧米人なみのオーバーアクションで交わしながらも、学校へは余裕の時刻で着いた。いつのまに、こんなに早起きになったんだろうね、俺。
 ハルヒと前と後の、いつもの席でいつものように座り、これまた、いつのものように突かれ、応答していたら、4時限目が終わり、一緒に弁当を食べて、午後の授業がいつのまにか終わり、そして放課後。
 部室のドアを開けると、すでに長門と古泉が、いつもの定位置にいた。古泉は立ち上がって、顔を無駄に近づけてくる。
「少し、お話が。涼宮さんは今日は?」
「掃除当番だ。内緒話なら手短かにな」
「わかりました。中庭へ移動した方がよろしいでしょうね」
やれやれ。
 古泉は、俺たちがしばらく中庭でいると長門にも告げ、俺たちは多分違う理由でため息をつきながら、部室棟を出た。
 「涼宮さんと海外旅行へお出掛けになる件なんですが」
 こいつのこういう不躾で不穏な物言いも今ではすっかりなれちまった。コーヒーを相手の顔めがけて吹き出す粗相はしないさ。
「目ざとい、というか、耳ざといな」
「いえ。教室で、ああも大声でご相談されると、いやでも耳に入ります」
「おまえの教室まで届く大声とは気付かなかった。……嫌なのか?」
「うわさ話くらいは普通に楽しみたいものです」
と言って、肩をすくめては首を振る。
「念のために言っておくが、家族旅行だぞ」
「それで本題なのですが、旅行を取りやめて頂く訳にはいきませんか?」
こいつ本気か? いつもの「涼宮さんが望んだことですから」はどうした?
「さあな。ヤリでも降って飛行機が運休になりもしないと無理なんじゃないか?」
「では、さっそくその準備に」
「どんな交換条件を用意するかは知らんが、長門に頼むのはやめとけよ。局所的な環境情報の改竄は、どうとか、言ってたぞ」
「では正攻法で、あなたを説得することにしましょう。機関の予測ではおよそ92%の確率で閉鎖空間が発生します」
「よかったな、エスパー。失業しなくて済みそうだぞ」
「ですが、あらかじめ分かっている有事なら、それを防ぐのも我々の仕事ですので。神人狩りはああ見えて危険な仕事なのです」
あれが安全に見える人間は、何かとてつもない不幸かトラウマかハードな現実と直面している奴だけだろう。自分のことを言っているんじゃないぞ、断じてな。
「旅行自体は楽しみに見えるがな」
ほぼ確実に閉鎖空間を発生させるほどのストレスか。何だろうな。あんまり考えたくないぞ。
「涼宮さんは、飛行機が大の苦手です」
って、おい。
「ご存じなかったのですか?」
ああ、さっぱりな。
「では、何故あなたが今回の旅行に呼ばれたかも?」
いや、それについては、やっと合点がいったよ。やれやれ。
「言ってもいいか?」
「ええ。あなたから何かご意見が頂けるならこの上ない喜びですよ」
「ハルヒは雷が大の苦手だ」
「ええ」
「そして、俺は良い雷避けのおまじないを知ってる」
「僕に言わせると」と古泉は表情を和らげて言った「あ、いえ、どうぞ先を続けてください」
「誰かさんが、俺をお守りがわりだと思っているなら、それでもいいさ。旅行へは行く。何よりあいつは楽しみにしている。機関の予想屋には、確率を計算し直させろ。俺が太鼓判を押したと伝えてな」
古泉は何故だか晴れやかな顔で立ち上がり、セリフと違って俺の方は何だかしぶしぶといった具合で腰を上げた。
「わかりました。あなたにすべてお任せします」ペテン師め。とは口には出さなかったが、俺は代わりに古泉にこう言った。
「土産を買ってきてやる。悲しみのニポポ人形とか、どうだ?」
「アイヌ語で『小さな木の子供』でしたか。網走土産だと記憶していますが、どちらへ行かれるのですか?」
「知らん。『暖かくて、物価が安くて、地元の人が親切でうるさくなくて、のんびりできるような国』だそうだ」


その2へつづく



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