ハルヒと親父 @ wiki

家族旅行で見る夢は

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haruhioyaji

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 充電中の携帯が、けたたましい音を立てた。おいおい、まだ7時半だぞ。待ち合わせは10時のはずだろ。どうしたんだ、ハルヒ?
「キョン? 今そっちに親父が行ったから、早く逃げなさい! いいから、とにかく逃げて! あーもう、今からあたしもそっちに行くから!」
 何あせってんだ、ハルヒの奴? そういや今、下で『あらあら、ハルヒちゃんのお父さん』っておふくろの声がしたが。誰か階段を上がってくる。って、ハルヒの親父さん、もとい、お父さん?
「ハロー、キョン君。いい朝だ。俺のことは涼宮親父と呼んでくれ」
それ、ものすごく呼びにくいです。
「パパでもいいぞ」
勘弁してください。
「いま電話があったみたいだが、ハルヒがこっちへ向かってるんだ。急いで出るぞ。逃げるんだよ、地の果てまでも。ちなみに君は人質だ。あ、ご両親には今話をしておいたから」
ほとんど数分もかかってないぞ。それと『話しておいた』って、何を?どうやって?
「説得は時間をかけないのがコツなんだ。----なお、君の待遇は、捕虜の扱いについて定めたジュネーブ条約に準拠する。多少不便をかけるかもしれないが、必要なものがあれば遠慮せずに言ってくれ。あと、質問されても答えられんことは、笑ってごまかすからそのつもりで。では、行くか。ロード・ムービーのはじまりだ」

 どうしてハルヒの親父さんに促されるまま車に乗ってしまったのか、正直なところ理由はよくわからん。この親娘ケンカをもしかしたら仲裁できるかも、と不遜な考えを少しくらいは抱いたのかもしれん。もっと大きな理由があるとすれば、やはり銀河系を何個も搭載したような、この人の目は、ハルヒのそれと同様、聞くものにノーといわせぬ何か特別な力を持っている、ということだろうか。そう感じるのはひょっとしたら俺だけなのかもしれないが、どうやらそうでなさそうなことは、親父さんとの会話のはしばしから想像できた。たとえば、
「あの、この車?」
「ああ、このラブワゴンか。……つっこんでいいぞ」
「すみません。ムリです。聞きたいのは、そっちじゃなくて……」
「ああ、うちのじゃない。近所のバカ親父から借りてきた」
「そうですよね」 さすがにベビーシートはおかしすぎる。
「黙って借りてきたから、今ごろ泡食ってるかもしれん。悪いことをした」
「黙ってって、どうやって?鍵とかどうしたんですか?」
「近頃の車はわざわざ鍵を刺しこまなくても遠隔操作でドアのロックが開くだろ?あれのマスターキーみたいなものが存在するんだ。窃盗団なんかが使ってる奴」
「ひょっとすると犯罪では?」 本当はひょっとするどころではない。
「悪意はない」
余計に質が悪い。
「まあ、後で埋め合わせはするさ。うちの車----といってもゴスロリ仕様のスクーターだが----は残しといてやらんと、バカ娘にハンディが付きすぎるとおもってな」
「ゴスロリ仕様って?」 また何か出典があるんだろうか?
「『下妻物語』だ。見てない? それはいかんな。そこのDの箱の7番と書いてあるケースを出して、そっちのDVDプレイヤーに入れてくれ」
「って、ことはハルヒはスクーターで追いかけてくるんですか?あいつ、免許なんて持ってたのか?」
だが、あいつは俺と同じ歳だろう。
「免許はないが、大抵のものは操縦できる」
「ものすごくやばくないですか、それ?」
「いうな、キョン君。娘も俺も、所詮はお日さまの下では生きられぬ定め」
「……ひょっとして、運転を教えたのは、お父さんですか?」
「ははは。小さい頃は、運転中はいつも俺がひざの上に乗せてたからな。見よう見真似で覚えてしまった。モーターボートもセスナも戦車も体験済みだ」
「せ、せんしゃ?」
「自衛隊の基地公開デーでそういうイベントがあってな。弾は高価だっていうんで、さすがに打てなかったが」
「当たり前です」
「新婚旅行の足代が浮きそうだな。よかったな、キョン君」
「新婚夫婦が戦車でどこへ向かうんですか?」 あと、そんなことになったら、絶対に公共交通を使うぞ。地球にも心臓にも何倍もやさしいし。
「ははは。うまいこと言うなあ」
「笑いごとじゃありません」
「なんであんな娘に育ったんだろうなあ。親の顔が見たい」
どう見ても、おもいっきりあなたの子供ですよ。

「聞いても良いですか?親娘けんかの理由」
「なに他愛もないことだ。徹夜明けでキッチンに降りてみると、ハルヒが弁当をつくっててな。あんまりうまそうだったんで、隙を見て、おもわず2つとも食べてしまった。で、現在に至る、という訳だ」
そんな恐ろしいことができるのは、親父さん、世界であなただけです。
「《思わず》と《隙を見て》は、普通両立しない気がするんですが」
「なかなかいうな、キョン君。気に入ったぞ。娘とちがって話せるやつだ」
その重すぎる名誉をどうやって辞退しようかと考えていると、またけたたましく携帯が鳴った。
「ちょっと、キョン! どうして親父に付いてってるの!? いま? あんたのうちよ。親父が朝から押しかけた件を謝ってたとこ。 『お父さんにまで仲良くしていただいて』って言われちゃったわよ!顔から火が出たわ! はやく親父に替わって!」
「ははは。娘よ、父はこのとおり運転中で手が離せん。またにしてくれ」
「あんた、あたしから逃げきれるとでも思ってんの!?」
「片腹痛いわ。おまえが生まれたときには、俺はもうおまえの親父だったんだぞ」
「当たり前でしょ! いまいましいけど、あんたの遺伝子、半分持ってるんだからね。あんたの立ちまわり先ぐらいお見通しよ!」
「たいそうな自信だ。まあ、さっさと彼氏を取り返しにくるんだな。でないと、お父さん、キョン君といかがわしいお店に昼間から行っちゃうぞ。話は以上だ。……・どんなもんだろ、キョン君」
ハルヒは、売られたケンカは必ず買い、与えられた屈辱は三倍返しで応える女だ。この人は、あいつを本気にさせてちまった。どうなる、俺? どうなる、世界?

「ここだ。この地下なんだ」
「あの《昼間からいかがわしし店》ですか?おれは、そういうのは……」
「妙な期待をさせて悪いが、知りあいがやってる単なる酒場だ。まあ、品揃えや客は少々いかがわしくなくもないが、期待に添えることは何もないぞ」
いや、そういうことじゃなくて。
「君さえ良ければ、膝の上にお姉さんが座ってくれて酒が飲めるような店に寄れなくもないが」
いや、結構です。
「まあ、それがいい。あのバカ娘は無駄にカンがいいからな。それと、今の会話は録音してた」
もう、なんでもしてください。
「それはそうと、少し年かさのいったお姉さんたちが、ポニテにテニスウェアで酌をしてくれる店があるんだが」
前言撤回します、勘弁してください。 
 準備中の札のかかった店のドアを開けると、グラスを磨いていた店主らしい人物がこっちを振りかえって親父さんに声をかけた。
「よお、ベルちゃん。ひさしぶり」
「何度もいうが、おれは鈴宮じゃなく涼宮だ」
「ハルヒちゃんから、すごい剣幕の電話があったぞ。今度はなにやらかした?」
「娘が彼氏と自分用に作った弁当を食っちまった。いま、その彼氏を拉致って逃走中だ」
「ひゅー、やるねえ。ハルヒちゃんもそういう年頃か」
「高跳びするから、彼氏の分のパスポートを用意してくれ。今夜とりに来る」
「俺は夜までにつかまる方に賭けるよ。ちなみにオッズは10対1だ」
「いいから用意しとけ」
なんだなんだ、この無駄にハードボイルドな展開は?
「まあ『涼宮親父と怪しい仲間たち』といったところだ」

「そこまでよ!」
「むう、娘か!」
「追い詰めたわよ! 神妙にしなさい。まずは捕虜の交換よ!」
「お父さん、やっほー♪」
「母さん!……ハルヒ、卑怯だぞ!」
「母さんはすすんで付いて来てくれたわ。卑劣なのは、あんたの方よ! キョンを返しなさい!」
って痛! 返事も聞かずに何故撃つ? 痛! というか俺にも当たってるぞ!
「BB弾よ、我慢しなさい!」
ハルヒ、おまえ、俺を助けに来たのか、倒しに来たのか、どっちなんだ!?

............
.........
......
...

 ……という夢を見たんだが。
「あんたね。ここまで来て、さすがに夢オチはないわよ」
そうか。やっぱりな。
「キョン、離れろ! そいつ、かわいい顔してアニヲタだぞ!」
するとあの声も幻聴ではない訳だな。
「親父の声が聞こえても無視すればいいわ」
「だって『ハレ晴レユカイ』が踊れるんだぞ!」
「あんたは少し黙ってなさい!このバカ親父!!」
ハルヒの親父さん、すみません。もうメタなボケにつっこむ体力が残ってないです。

 さて、体力に残りがないから、力つきる前に状況を説明しておきたい。
 俺は今、涼宮家のぜんぜん恒例でない突発的家族旅行に「およばれ」して、とある南国のビーチにいる。
 俺たちが泊まっているコテージを出ると白い砂浜、かなり岸から離れても背が立つ遠浅の海、水着の上にでかいTシャツを着たハルヒ、白いブラウスにつばの大きな帽子、レースの日傘というどこの深窓のご令嬢かと思わせるいでたちのハルヒ母、そしてウェット・スーツに身を固め波とたわむれるハルヒの親父さん……。

 親父さんを除く3人は、バカでっかいパラソルの下の席に座って飲み物を前にしているところだ。
「ふふ。おもしろい夢ね。さしずめ『涼宮オヤジの逃走』というところかしら?」
と言うのはニコニコという書き文字を献上したくなるような笑みを浮かべるハルヒのお母さん。
「はは。でも、さすがにシリーズ化は憚られるというか、遠慮したいというか」
同じ笑みでも、やつれ笑みとでも名付けたくなるような余力のない笑いを浮かべる俺。
「そうよ!『涼宮オヤジの退屈』なんて、しゃれになんないわよ!」
と憤るのは、今や人間活火山と化したハルヒ。確かに退屈させちゃいけない世界ランキング第2位だな、あの人は。ちなみに第1位は、言うまでもなく、今俺の横でスゴゴゴォという音を立ててオレンジジュースを吸い込んでいる、こいつだ。
「そう?『涼宮オヤジの分裂』よりはマシなように思うんだけど」
とハルヒの母さんは、指をあごに当てて、くすくす笑いながら、何でもないようにおそろしいことを言う。
「ところで、お二人さん」
「は、はい」「なに、母さん?」
「遅くなっちゃったけど、母さんからプレゼントがあるわ。午後は風がなくなるから、お父さん暇になると思うの。で、母さんとお父さんで買い物に行ってくるから」
「「へ?」」
「今回の旅のスポンサーだし、あんまり邪険にできないけれど、さすがにはしゃぎ過ぎね。という訳で『バカ親父』から半日解放してあげる。誰もいないプライベート・ビーチで二人っきりよ。それでは、ごゆっくり」

















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