ハルヒと親父 @ wiki

新落語シリーズ「二十四孝」

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haruhioyaji

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 さて、好き合って夫婦となった二人。夫婦ケンカは犬も食わないと申しますが、三日も空けず、というより毎日のようにやらかしますと、長屋のみんなも心配になってくる。
「古泉君、じゃなくて大家さん」
「これはこれは、みくるさん。どうされました? はて、今月の家賃はもう貰ったように思いますが」
「お願いがありますっ。今日は長屋のみんなを代表してきましたっ!」
「ほう、当ててみましょう、さしずめ、あの若夫婦のことでしょう?」
「さすがですう! 毎日のようにケンカしては仲直りしてイチャイチャ……これでは、長屋のみんなが持ちましぇん」
「なるほど、少しケンカを控えるように、と諭せばよろしいですか」
「は、はい。なにとぞ、よろしくおねがいしますー。それでは失礼します」

「ああ、ちょうどお春さんがやってきたようですよ」
「こんにちは!古泉君じゃなかった大家さん、お家賃持ってきたわよ!」
「これはこれは、お春さん。どうぞお上がりください。貰いもののお菓子があるのですが、少しお茶の相手をしていただけませんか?」
「お菓子は何?カステラ?じゃあ、あたし紅茶がいいわ」
「はいはい、用意してもらいますよ。ちょっとお茶の準備の間に、物語などしてよろしいですか?」
「うんうん、何の話?」
「唐の国の話なんですが、孟宗という人でひどく貧乏しておりましたが、本当に家族思いの方がおられました。あるとき家のものが病になって何ものどを通らない。医者を呼ぶにも、薬を買うにも、金がない。せめて何かたべさせてやりたい、何か食べたいものはないかと病人に聞くと、タケノコが食べたいといいます」
「へんな病人ね。もっと食べやすくて栄養のあるのがいくらもあるのに」
「そうですね、まあ唐の話ですから。お話を進めますと、季節はちょうど冬の最中、タケノコの季節ではありませんが、なんとか食べさせたいと女房はクワを持って山に入り、あたりを掘ってみます。ですが無論、タケノコがあるはずもありません。空を仰ぎ見て、はらはらと涙を流すと……」
「泣いてる暇があるなら、もう一度探しなさい。空にタケノコは生えてないわよ!そういうのを現実逃避って言うのよ!あたしなら絶対見つけるわ!」
「ごもっともです。あなたの場合、あながち不可能でもないからたまりませんが……まあ、そこは唐の話ですから」
「たるんでるわ!一遍連れて来なさい。あたしがありがたいお説教を聞かせてあげるから」
「えー、お話を進めますと、その人が空を仰ぎ見て、はらはらと涙を流すと、涙が落ちたところがこんもりと盛り上がり、そこの雪を掘ってみると、タケノコがあったということです。家族を思う心が天に通じたというところでしょうか」
「ねえ、古泉君。カステラと紅茶まだ?」
「もう大家とも呼んでくださらないのですね。もうひとつお話をしてよろしいですか」
「いいけど、早くしてね。帰りをキョンが待ってるから」
「はいはい、それでは。これも唐の話ですが、王祥という人でひどく貧乏しておりましたが、これもまた本当に家族思いの方がおりました。あるとき家のものが病になって何ものどを通らない。医者を呼ぶにも、薬を買うにも金がない。せめて何かたべさせてやりたい、何か食べたいものはないかと病人に聞くと、鯉が食べたいといいます」
「川魚は泥くさいから嫌い」
「いや、まあ、病人が鯉を食べると精がつく、といいますから」
「そうなの?キョンに食べさせようかしら?」
「あー、お話を進めますと、ちょうど冬の最中、棹を持って池に行ったものの、池は一面凍りついておりまして、釣り糸をたらそうにもたらせない」
「穴を開けなさい。ワカサギ釣りでは皆そうしてるわよ」
「いや、鯉ですから、ちょっとやそっとの穴ではどうも具合が悪いのです。さて、ああ、あの人に何とか鯉を食べさせたい。途方に暮れて、氷の上に身を投げ出しますと、家族を思う情の熱さでしょうか……」
「あたしも面の皮の厚さでは負ける気がしないわ」
「それを自分で言いますか、えー、とにかく、身を投げたところの氷が解けまして、中から鯉が……」
「へんよ!鯉が出られるほどの穴が氷にあいたなら、その上に寝転んでる人だって無事じゃすまないわ。だって、その人の体温で氷が溶けたんでしょ?」
「ご説ごもっとも。ですが、これは唐のお話でして……」
「唐だろうが天王星だろうが、物理法則は普遍よ」
「ええ、おっしゃるとおりですね。でもお話的には、家族を思う心が天に通じたということにしておいては、いただけないでしょうか?」
「古泉君、紅茶おかわり。それとカステラ。もう少し分厚く切ってね」
「はあ……。あの、もうひとつお話をしてよろしいですか」
「最後にしてよね。キョンが首を長くして、その辺り探して回ってると思うから」
「最後のチャンスですか。いよいよ追いこまれましたね。いや、こちらの話です。えー、唐に貧乏な……」
「唐の人ってみんな貧乏なの? GDP世界第2位になったって、あれウソ?」
「いや、そのかわりに貧富の差というものも、大変に大きくなっているといいますか。まあ、昔の唐の話ですので、そこらへんはご寛容にひとつお願いしたいのですが」
「くるしゅうない。つづけよ」
「はい……。今度は店子と大家じゃなくて、姫と爺やにしていただきたいですね」
「お・は・な・し・は?」
「はいはい、ただいま。で、今度の、唐の貧乏で家族思いの方で呉猛という方がおられました。季節は今度は夏でして、貧乏なのに蚊帳がない。なので寝ていると蚊に刺されてしまう」
「じゃ窓閉めてクーラー入れたら?」
「貧乏なのでクーラーはありません。あと時代的にも」
「あ、そう」
「なにしろ家族思いな方ですから、なんとか家族の者が蚊に刺されず眠れる策はないかと考えて、ある時妙案が思いつきました」
「部屋ごと燻(いぶ)し出す!」
「家族ごと燻(いぶ)されてしまいます。それは魚を捕るのにダイナマイトを水中に投下するような荒技では……」
「じゃあ、どうすんのよ!?」
「お酒を飲んだ人は、蚊にされやすいのをご存知ですか?」
「聞いたことあるわね。排出する二酸化酸素の濃度がどうのこうの」
「ええ。そこで家族思いのその人は、お酒を体に塗りつけて、部屋の中に横になった。蚊め、来るなら来い、食うなら食ってみろと、自分を犠牲に家族を守ろうとしたわけです。……お春さん、あなたのご亭主を思う気持ちの強さは、このあたりじゃ知らないものがいないくらいですが、せっかくの強い気持ちもぶつかり合うばかりが能ではないのではありませんか。相手のために身を犠牲にして尽くす、というのも愛の形ではないでしょうか?」
「うーん、たとえ話はピンと来なかったけれど、要するに尽くせってことね。わかったわ。あん、こうしちゃいられない、すぐに帰るからと言ってあるんだから、今ごろキョンの奴半泣きになってるわ! 古泉君、ごちそうさま! さあ、尽くして尽くし切るわよ!キョン、首を洗って待ってなさい!!」

「ただいま!! キョン、キョン、キョン」
「おかえり。ハルヒ、どうしたんだ?」
「あたしね、キョンに尽くすから! 覚悟しなさい!!」
「うーん。尽くすといってもなあ、俺はお前がそばに入れば十分幸せなんだが」
「何かして欲しいことはないの?ね、ね、ね? 病気になってタケノコが食べたいだとか鯉が食べたいだとか」
「うーん。とりあえず病気にはなりたくないなあ。まあ、ちょっと座ってろよ。いまお茶入れて羊羹切ってやるから」
「ありがとう。はあ、キョンのいれてくれる渋いお茶もなかなかのものよね。これも愛情がこもってるからかしら。……って、ちがうわ! キョン、だめ! あたしがあんたに尽すのよ!! こうなったら、体中に酒塗りたくって裸で寝てやるわ!蚊をみんな引き寄せて、一網打尽にしてやるんだから!!」
「よせよせ。そんなことしたら蚊どころか黒山だかりになっちまう。おれは、その、なんだ、おまえの体を、他の奴らに、見られたくないぞ」
「そうか、別に体に塗らなくても、お酒を飲めばいいのよ! 排出する二酸化炭素におびきよせられるんだから! キョン、酒よ、酒持ってきて!」
「おまえ、こんなまっ昼間から飲むのか?」
「そうよ。そして、あんたはとっとと寝なさい」
「こんなに明るいのに寝られるかよ」
「じゃあ、雨戸を閉めて寝ればいいでしょ。別に明るくたって寝られるわ!気合の問題よ!白夜で明るいうちに眠る北極の人に謝りなさい!」

 やいのやいのありまして、亭主のキョンはやれやれと雨戸を閉めて布団を敷き、女房のお春は酒をかっくらって、亭主に尽くす術が見つかったと安堵したのか、もともと酒に強い方ではありませんから、早々とすやすや寝てしまいました。さて、次の日の朝。
「うーん、いつのまにか寝ちゃったわね。あれ、あたしも1箇所も蚊に刺されてない。キョンを大事に思う気持ちが天に通じたのかしら? ね、キョン?」
「いや、俺が寝ずに蚊をおっぱらった」


元ネタ:落語「二十四孝」












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