ハルヒと親父 @ wiki

二人でドライブ

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haruhioyaji

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 居間でごろごろしながら携帯でネットを見ていると、母さんが声をかけて来た。
「ハル、午後、3時間くらい時間ある?」
「いいわよ。車でしょ? 買い出し?」
「悪いわね。キョン君はいいの?」
「それくらい離れて暮らした方が愛も深まるってもんよ!」
「あの……3時間だけでいいのよ」

 最近、車の免許を取った。キョンと一緒にだけどね。
 母さんも免許は持っているけれど、運転は得意でないらしい(大抵の事は何でもこなすのに、めずらしいこともあるもんだ)。
 親父は、居れば居るでうっとうしいくらい構ってくるけど、普段は滅多に家にいることがないから、あたしが小さい頃を除けば、うちには車は無い期間が長かった。
 で、免許取得と同時に、新車がやってきた訳。
「どうせ3分も経たないうちに、ぶつけてぺしゃんこになるんだから、紙製でいいぞ、紙で」
と親父はまた馬鹿な事を言ってたけれど、もちろん無視。
 真っ赤なパジェロ・ミニと、なんだか丸っこい子が、最後まで選考に残っていたけど、やってきたのはどちらでもない、特徴らしい特徴の無い普通の小型車だった。
 入学祝いその他をかき集め、キョンと折半で買ったからね、両方のスポンサー(出資者)の意見がいくらかずつ反映されて折衷されたという訳。
 プラス(あたし)+マイナス(キョン)=0(無特徴)ということかしら。いろいろ先が思いやられるわね。
「大丈夫よ、ハル。子供は二人のそれぞれの良いところを授かるものよ。あなた自身がよい証拠よ」
 いや、あの、母さん、今はそういう話をしてるんじゃなくてね……。やめよ、逆らっても、どうせ勝てやしないんだから。

 「で、今日はどこ行くの? 例の巨大ホームセンター?」
「苗も木工も、今日はいいの。それよりドライブに行きましょう」
「ん? いいけど。どこ走ろうか?」
「ハルにお任せするわ。景色のいいところを走りたいわね」

 ますますもって、めずらしい。
 母さんは、普段ニコニコしてるし、話す様子も穏やかで当たりはやわらかいが、実は自分の好みを徹底して追求する人だ。細部に至るまでコントロールしようとする情熱は、時々怖いことがあるくらい。
 それを人間相手に要求したりしないので良いのだけれど。
 親父の話だと、昔はすごかったそうだ。
 たとえば自分が瀕死の状態なのに、最初に出るお乳はハルヒに絶対に飲ませると言い張り、実行させたとか、なんとか。
 その母さんが、ほとんど全面的に「おまかせ」してきた。これはドライブ以外に目的があると思った方がよさそうね。

 海側へ出て、湾岸道路を走ることにした。
 さしてきれいな海じゃないけど、水があると何故だか落ちつくしね。
「母さん、ひょっとして、あたしに何か、話ある?」
「さすが、ハル。やっぱり親娘(おやこ)だから? それとも心が読めるとか?」
「心が読めたら、あんなに苦労してないわよ」
「『あんなに』ね。もう過去形で話せるようになったわね」
「まあね。周りからすれば、うっとうしいくらいに、じれったかったろうけど」
「ええ。うっとしいくらいだったわ」
「きゅう」凹むわよ。
「冗談よ」
 母さんは、おない年の女の子のように笑った。あたしもつられて笑ってみた。

「夕べ、眠るときにね、ハルがお嫁に行くときのことを考えてみたの」
「まだ、行かないわよ」 
あたしもキョンも、将来何をして食べていくか、決まってない。結婚式は一日限りの儀式でも、結婚は生活だ、毎日だ。まだあたしたちは、それを思い描けないでいる。いっしょに描いていくのは決まっているけれど。
「そしたら、眠れなくてね」
「あたしたちって、そんなに心配?頼りない?」
「ううん。むしろ遠足の前の日の子供みたいな感じ」
「嬉しくて眠れなかったの?」
「わくわくしてね」
「うーん」
「というわけで母さん眠るわ。家についたら主婦に戻るから起こしてね」
「えーっ! それってどういう?」
「成長した娘に、自分の命を預けて安心して居眠りできるなんて、最高の幸せだと思わない?」
「いや、それならそれで、別のかみしめ方が……あ。……母さんって、1,2,3で眠れるんだっけ。のび太みたい」

……で、母さん、あたしに話って何だったの?

「ハル……」
「母さん?目、覚めた?」
「……よかったね」
「母さん、もしかして寝言?」
「……くう」
「うーん」


「もしもーし。あ、キョン? 何で電話に出ないのよ、3回もかけたわよ。え? 庭で親父とレスリング? 泥だらけ? あんた人の家の庭で何やってんのよ? まあ、いいわ。母さん、寝ちゃったから、ゆっくり帰るから。ひもじかったら、自分たちでなんとかしなさい、いいわね」

 あたしは山越えへ続く上り坂の、見晴らしの良いところに車を止めた。
 二人っきりでドライブなんて、多分もう何回もすることはないだろう。
 眠っている母さんを眺めていると、むしろあたしの方に母さんに話したいことがたくさんあることに気付いた。思い出とか謝りたいこととかまだ話せていない秘密、うれしいこと、かなしかったこと、そんなのがたくさん、胸からこみ上げて来た。どれから言葉にすればいいかもわからなくて、あたしは両手を口に当てた。少し泣いた。

「ハル、いつでもいいのよ」
となりでぽつりとつぶやく声。
「いつだって話してくれていいの。親子の縁が切れる訳じゃなし、どこに行っても、あなたは私の娘だもの」
母さんは、目を開けずに、そう言った。
「夕日がきれいね」
「うん」
あたしはハンドルに顔を伏せたまま、うなずいた。
「……母さんも、何かあたしに話があったんじゃないの?」
「ええ。でも、もう済んじゃった」
「……」
「あの人たち、おなかをすかせてないかしら?」
「かもね。親父とキョン、庭でレスリングしてたって。なんなのよ、あの連中は?」
「ふふ、じゃあ帰りましょうか?」
「うん」

 車が走り出すと、母さんは少しだけ窓を開けた。黄昏時の風が車の中にさっと吹き込む。
「この風の香りがね、何故だか、好きだったの」
「昔、親父とドライブでもしたの?」
「そうね。いろんな人とね」
母さんは笑った。
「でも、お父さんとが一番楽しかったわ」
 あたしは、その風と母との時間を惜しむように、なるだけゆっくり車を家まで走らせた。



















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